季節の織り糸

春秋花壇

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東京の夜、うたたねの寒さ

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東京の夜、うたたねの寒さ

夜10時過ぎ。東京の空気はすっかり秋の気配を帯び、ひんやりとした風が窓の隙間から忍び込んできた。リビングのソファに座ったまま、私はうたたねをしてしまっていたらしい。ふと目を覚ますと、肩に薄いブランケット一枚。体の芯からじわりと寒さが広がる。

「おお、寒い……」

つぶやきながら肩をすくめる。部屋の隅に置いた温湿度計が目に入った。17℃、湿度51%。東京の秋はこんなにも肌寒かっただろうか。窓を閉め忘れたのが原因かもしれない。起き上がり、重たい体を引きずるようにして窓際へ向かう。外の街灯がぼんやりとした光を投げかけ、遠くでタクシーのエンジン音が低く響いている。

窓を閉め終えると、キッチンへ向かった。眠気覚ましに何か温かいものを飲もうと、紅茶を淹れる準備をする。冷えた指先が急須に触れるたび、チクチクと刺さるような感覚がした。ガスコンロの青い炎が湯を沸かし始める音を聞きながら、私は再び考え込む。

何をそんなに考えているのか、自分でも分からない。ただ、秋の夜の静けさがそうさせるのだろう。部屋の中に漂う乾いた空気が、東京という街の一部に自分が埋もれている感覚を増幅させていた。

紅茶が出来上がり、マグカップを手に再びソファに腰を下ろす。ほっと一息ついたその時、スマートフォンが微かな振動音を立てた。画面を見ると、「母」という表示が点滅している。

「こんな時間に?」
不安がよぎるが、母はしばしば夜更かししている。電話に出ると、懐かしい声が耳に飛び込んできた。

「真奈美、元気にしてるの?」

母の声は少しだけ弾んでいる。どうやら特別な用事ではなく、ただの近況確認のようだ。

「まあね、ちょっと肌寒い夜だけど……東京も秋だよ。」

母との会話は、いつもどおり他愛のない話が続いた。けれどその中で、ふと母が言った一言が私の胸に深く残った。

「寒いなら、無理せず早く寝なさいね。温かいもの飲んで、体を労わるのよ。」

母の声には、まるで遠く離れたふるさとの温もりが詰まっていた。東京での一人暮らしの孤独を忘れさせてくれるような響きだった。

電話を切った後、ふと手元の紅茶を見る。冷めてしまったそれを飲み干し、立ち上がる。寒さをしのぐため、もう一枚羽織るものを探しにクローゼットを開けた。奥の方に、ふるさとから持ってきた古びたストールが目に入る。

それは母が編んでくれたもので、東京へ引っ越してきた際に渡されたものだった。「寒い時に使いなさい」と言われたが、デザインが少し古臭くて使うのをためらっていた。しかし今、肩にかけてみると、驚くほど温かい。編み目のひとつひとつが、母の手の温もりを思い出させた。

ストールをまとい、再びソファに戻る。冷たい夜の空気も、少しだけ柔らかく感じられる。

窓の外には、夜の東京が広がる。冷たく澄んだ空気に包まれた街灯の光。車の音が途切れることなく続き、ビル群の影がぼんやりと浮かぶ。その風景はどこか無機質で、孤独感を増幅させるようだった。

それでも、母の声と編み物の温もりが、私の心をほぐしていく。「寒い夜は、誰かを思い出す時間なんだろう」と思いながら、私はゆっくりと目を閉じた。

肩にかけたストールの重みが心地よく、次第に意識が遠のいていく。東京の夜の寒さは、もう怖くない。







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