215 / 253
東京の夜、うたたねの寒さ
しおりを挟む
東京の夜、うたたねの寒さ
夜10時過ぎ。東京の空気はすっかり秋の気配を帯び、ひんやりとした風が窓の隙間から忍び込んできた。リビングのソファに座ったまま、私はうたたねをしてしまっていたらしい。ふと目を覚ますと、肩に薄いブランケット一枚。体の芯からじわりと寒さが広がる。
「おお、寒い……」
つぶやきながら肩をすくめる。部屋の隅に置いた温湿度計が目に入った。17℃、湿度51%。東京の秋はこんなにも肌寒かっただろうか。窓を閉め忘れたのが原因かもしれない。起き上がり、重たい体を引きずるようにして窓際へ向かう。外の街灯がぼんやりとした光を投げかけ、遠くでタクシーのエンジン音が低く響いている。
窓を閉め終えると、キッチンへ向かった。眠気覚ましに何か温かいものを飲もうと、紅茶を淹れる準備をする。冷えた指先が急須に触れるたび、チクチクと刺さるような感覚がした。ガスコンロの青い炎が湯を沸かし始める音を聞きながら、私は再び考え込む。
何をそんなに考えているのか、自分でも分からない。ただ、秋の夜の静けさがそうさせるのだろう。部屋の中に漂う乾いた空気が、東京という街の一部に自分が埋もれている感覚を増幅させていた。
紅茶が出来上がり、マグカップを手に再びソファに腰を下ろす。ほっと一息ついたその時、スマートフォンが微かな振動音を立てた。画面を見ると、「母」という表示が点滅している。
「こんな時間に?」
不安がよぎるが、母はしばしば夜更かししている。電話に出ると、懐かしい声が耳に飛び込んできた。
「真奈美、元気にしてるの?」
母の声は少しだけ弾んでいる。どうやら特別な用事ではなく、ただの近況確認のようだ。
「まあね、ちょっと肌寒い夜だけど……東京も秋だよ。」
母との会話は、いつもどおり他愛のない話が続いた。けれどその中で、ふと母が言った一言が私の胸に深く残った。
「寒いなら、無理せず早く寝なさいね。温かいもの飲んで、体を労わるのよ。」
母の声には、まるで遠く離れたふるさとの温もりが詰まっていた。東京での一人暮らしの孤独を忘れさせてくれるような響きだった。
電話を切った後、ふと手元の紅茶を見る。冷めてしまったそれを飲み干し、立ち上がる。寒さをしのぐため、もう一枚羽織るものを探しにクローゼットを開けた。奥の方に、ふるさとから持ってきた古びたストールが目に入る。
それは母が編んでくれたもので、東京へ引っ越してきた際に渡されたものだった。「寒い時に使いなさい」と言われたが、デザインが少し古臭くて使うのをためらっていた。しかし今、肩にかけてみると、驚くほど温かい。編み目のひとつひとつが、母の手の温もりを思い出させた。
ストールをまとい、再びソファに戻る。冷たい夜の空気も、少しだけ柔らかく感じられる。
窓の外には、夜の東京が広がる。冷たく澄んだ空気に包まれた街灯の光。車の音が途切れることなく続き、ビル群の影がぼんやりと浮かぶ。その風景はどこか無機質で、孤独感を増幅させるようだった。
それでも、母の声と編み物の温もりが、私の心をほぐしていく。「寒い夜は、誰かを思い出す時間なんだろう」と思いながら、私はゆっくりと目を閉じた。
肩にかけたストールの重みが心地よく、次第に意識が遠のいていく。東京の夜の寒さは、もう怖くない。
夜10時過ぎ。東京の空気はすっかり秋の気配を帯び、ひんやりとした風が窓の隙間から忍び込んできた。リビングのソファに座ったまま、私はうたたねをしてしまっていたらしい。ふと目を覚ますと、肩に薄いブランケット一枚。体の芯からじわりと寒さが広がる。
「おお、寒い……」
つぶやきながら肩をすくめる。部屋の隅に置いた温湿度計が目に入った。17℃、湿度51%。東京の秋はこんなにも肌寒かっただろうか。窓を閉め忘れたのが原因かもしれない。起き上がり、重たい体を引きずるようにして窓際へ向かう。外の街灯がぼんやりとした光を投げかけ、遠くでタクシーのエンジン音が低く響いている。
窓を閉め終えると、キッチンへ向かった。眠気覚ましに何か温かいものを飲もうと、紅茶を淹れる準備をする。冷えた指先が急須に触れるたび、チクチクと刺さるような感覚がした。ガスコンロの青い炎が湯を沸かし始める音を聞きながら、私は再び考え込む。
何をそんなに考えているのか、自分でも分からない。ただ、秋の夜の静けさがそうさせるのだろう。部屋の中に漂う乾いた空気が、東京という街の一部に自分が埋もれている感覚を増幅させていた。
紅茶が出来上がり、マグカップを手に再びソファに腰を下ろす。ほっと一息ついたその時、スマートフォンが微かな振動音を立てた。画面を見ると、「母」という表示が点滅している。
「こんな時間に?」
不安がよぎるが、母はしばしば夜更かししている。電話に出ると、懐かしい声が耳に飛び込んできた。
「真奈美、元気にしてるの?」
母の声は少しだけ弾んでいる。どうやら特別な用事ではなく、ただの近況確認のようだ。
「まあね、ちょっと肌寒い夜だけど……東京も秋だよ。」
母との会話は、いつもどおり他愛のない話が続いた。けれどその中で、ふと母が言った一言が私の胸に深く残った。
「寒いなら、無理せず早く寝なさいね。温かいもの飲んで、体を労わるのよ。」
母の声には、まるで遠く離れたふるさとの温もりが詰まっていた。東京での一人暮らしの孤独を忘れさせてくれるような響きだった。
電話を切った後、ふと手元の紅茶を見る。冷めてしまったそれを飲み干し、立ち上がる。寒さをしのぐため、もう一枚羽織るものを探しにクローゼットを開けた。奥の方に、ふるさとから持ってきた古びたストールが目に入る。
それは母が編んでくれたもので、東京へ引っ越してきた際に渡されたものだった。「寒い時に使いなさい」と言われたが、デザインが少し古臭くて使うのをためらっていた。しかし今、肩にかけてみると、驚くほど温かい。編み目のひとつひとつが、母の手の温もりを思い出させた。
ストールをまとい、再びソファに戻る。冷たい夜の空気も、少しだけ柔らかく感じられる。
窓の外には、夜の東京が広がる。冷たく澄んだ空気に包まれた街灯の光。車の音が途切れることなく続き、ビル群の影がぼんやりと浮かぶ。その風景はどこか無機質で、孤独感を増幅させるようだった。
それでも、母の声と編み物の温もりが、私の心をほぐしていく。「寒い夜は、誰かを思い出す時間なんだろう」と思いながら、私はゆっくりと目を閉じた。
肩にかけたストールの重みが心地よく、次第に意識が遠のいていく。東京の夜の寒さは、もう怖くない。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
マッサージ
えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。
背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。
僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる