季節の織り糸

春秋花壇

文字の大きさ
上 下
203 / 359

冬の旅路 11月29日

しおりを挟む
冬の旅路

11月29日、空は高く冷たい風が吹き荒れ、冬が本格的に始まりを告げていた。山茶花の花が、ひときわ鮮やかな赤色を見せながら、寒空に強く咲いている。その花の美しさに見とれた後、イオは軽く息を吐き、街道を歩き続ける。彼の足元には、小六月の冷たい風が草を揺らし、その上に残るわずかな秋の痕跡を吹き飛ばしていった。

「冬が来た。」イオはつぶやきながら、石蕗の花がちらほらと咲く小道を歩き抜ける。その花の黄色が冬の寂しさを感じさせると同時に、温かさを思い起こさせる。石蕗の花は、寒さに耐えながらも見事に咲く、そんな力強さを持つ花だ。

道の先に見える冬紅葉が目を引いた。紅葉が黄色く変わる前の、深い紅色の葉は、まるで冬の冷たさを引き寄せているかのように、寂しげに揺れていた。冬紅葉が広がる風景を見ながら、イオは今はもう過ぎ去った秋の記憶を思い起こす。

時雨虹が空に現れると、その色と光に心を奪われる。短い冬の昼間、天気は曇りがちで、時折時雨が降るが、その隙間に虹が現れる。寒さと湿気に包まれた空気の中で見る虹は、まるで夢のように幻想的だった。

「紅葉も、いつかは落ちる。」イオは口にしながら、足元に落ちた葉を見つめる。秋の終わりを告げる紅葉の葉は、冷たい風に舞い落ち、次第に冬の支配が始まる。彼の心の中でも、何かが確実に変わりつつあるように感じられた。

葱が並んだ小さな屋台を見かけた。冬の日差しの中でその青い葉がひときわ鮮やかに見える。その屋台の周りには、ぬくもりを求める人々が集まり、寒さに震えながらも温かいものを口にしていた。イオは一瞬その場に立ち止まり、冬の冷たさと温かさが交差する瞬間を感じた。

歩き続けると、河豚を売っている小さな店が見えてきた。冬の風物詩のひとつだ。河豚はこの季節の特別なご馳走で、深い味わいとともに、寒さを忘れさせてくれる。イオはふとその店を見つめ、少しの間考え込む。だが、今日は自分だけで進むべき道を歩みたいという思いが強く、足を止めることなく歩き続けることにした。

霰が降り始め、雪のような冷たい粒が空から舞い降りてきた。冬の寒さを感じる瞬間、霰はそれ自体がひとつの儀式のように、季節の変わり目を告げていた。イオは手のひらを広げ、霰の粒が指の間に落ちる感覚を味わう。落ちる霰はあっという間に消えてしまうが、そのひとときの冷たさが、この時期ならではの風物詩だ。

道端には、落ち穂が散らばっていた。収穫の後の穂は、風に揺られて落ち、土に還る。その様子を見ながら、イオは自然の流れに逆らうことなく、時の流れを静かに受け入れることを思う。自分もまた、いつかはこのように自然の一部として消えていくのだろうか。

その先の炭焼き小屋の煙が、空に昇っているのを見つける。炭の香りが、寒い空気の中で漂っている。イオはその香りを吸い込みながら、少しだけ温かな気持ちを胸に秘めた。冬の寒さが一層深まる中で、こうした温もりは命を支えるものなのだ。

枯れた蔓が道の端に絡みついている。何もなく見えるその蔓も、きっとどこかで新しい芽を育てているのだろう。イオはその蔓を見つめ、静かな確信を持つ。この世界には、必ず何かが続いているということを。

風に揺れる綾取りのように、イオは一歩ずつ慎重に道を歩く。その歩みが続く限り、世界はひとつずつ変わっていく。何もかもがつながっていて、そのどれもが欠けることなく、この広い世界を支えているのだろう。

日が短くなり、太陽がすぐに山の向こうに沈む頃、イオはようやく自分の歩みを止め、ふと足元を見つめた。小鳥が静かに集まってきて、枝にとまり、一緒に越冬する準備を始めているようだった。イオはその小鳥たちを見守りながら、ここまで来た自分の旅路を振り返る。

そして、遠くから見える牡丹の焚火の煙に誘われるように、イオはその場所へと向かう。火を囲み、暖を取りながら、冬を越すことができるという安堵感が心に広がっていく。

「すべては、冬を越すために。」イオは静かに思い、暖かい焚火の中に手をかざした。


11月29日

山茶花

小六月

石蕗の花

冬紅葉

時雨虹

紅 葉



冬の日

河 豚



落 穂

炭 焼

枯 蔓

綾 取

日 短

小鳥来る

短 日

越冬燕

牡丹焚
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

春秋花壇
現代文学
注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

生きる

春秋花壇
現代文学
生きる

ギリシャ神話

春秋花壇
現代文学
ギリシャ神話 プロメテウス 火を盗んで人類に与えたティタン、プロメテウス。 神々の怒りを買って、永遠の苦難に囚われる。 だが、彼の反抗は、人間の自由への讃歌として響き続ける。 ヘラクレス 十二の難行に挑んだ英雄、ヘラクレス。 強大な力と不屈の精神で、困難を乗り越えていく。 彼の勇姿は、人々に希望と勇気を与える。 オルフェウス 美しい歌声で人々を魅了した音楽家、オルフェウス。 愛する妻を冥界から連れ戻そうと試みる。 彼の切ない恋物語は、永遠に語り継がれる。 パンドラの箱 好奇心に負けて禁断の箱を開けてしまったパンドラ。 世界に災厄を解き放ってしまう。 彼女の物語は、人間の愚かさと弱さを教えてくれる。 オデュッセウス 十年間にも及ぶ流浪の旅を続ける英雄、オデュッセウス。 様々な困難に立ち向かいながらも、故郷への帰還を目指す。 彼の冒険は、人生の旅路を象徴している。 イリアス トロイア戦争を題材とした叙事詩。 英雄たちの戦いを壮大なスケールで描き出す。 戦争の悲惨さ、人間の業を描いた作品として名高い。 オデュッセイア オデュッセウスの帰還を題材とした叙事詩。 冒険、愛、家族の絆を描いた作品として愛される。 人間の強さ、弱さ、そして希望を描いた作品。 これらの詩は、古代ギリシャの人々の思想や価値観を反映しています。 神々、英雄、そして人間たちの物語を通して、人生の様々な側面を描いています。 現代でも読み継がれるこれらの詩は、私たちに深い洞察を与えてくれるでしょう。 参考資料 ギリシャ神話 プロメテウス ヘラクレス オルフェウス パンドラ オデュッセウス イリアス オデュッセイア 海精:ネーレーイス/ネーレーイデス(複数) Nereis, Nereides 水精:ナーイアス/ナーイアデス(複数) Naias, Naiades[1] 木精:ドリュアス/ドリュアデス(複数) Dryas, Dryades[1] 山精:オレイアス/オレイアデス(複数) Oread, Oreades 森精:アルセイス/アルセイデス(複数) Alseid, Alseides 谷精:ナパイアー/ナパイアイ(複数) Napaea, Napaeae[1] 冥精:ランパス/ランパデス(複数) Lampas, Lampades

陽だまりの家

春秋花壇
現代文学
幸せな母子家庭、女ばかりの日常

聖書

春秋花壇
現代文学
愛と癒しの御手 疲れ果てた心に触れるとき 主の愛は泉のごとく湧く 涙に濡れた頬をぬぐい 痛む魂を包み込む ひとすじの信仰が 闇を貫き光となる 「恐れるな、ただ信じよ」 その声に応えるとき 盲いた目は開かれ 重き足は踊り出す イエスの御手に触れるなら 癒しと平安はそこにある

日本史

春秋花壇
現代文学
日本史を学ぶメリット 日本史を学ぶことは、私たちに様々なメリットをもたらします。以下、そのメリットをいくつか紹介します。 1. 現代社会への理解を深める 日本史は、現在の日本の政治、経済、文化、社会の基盤となった出来事や人物を学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、現代社会がどのように形成されてきたのかを理解することができます。 2. 思考力・判断力を養う 日本史は、過去の出来事について様々な資料に基づいて考察する学問です。日本史を学ぶことで、資料を読み解く力、多様な視点から物事を考える力、論理的に思考する力、自分の考えをまとめる力などを養うことができます。 3. 人間性を深める 日本史は、過去の偉人たちの功績や失敗、人々の暮らし、文化などを学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、人間としての生き方や価値観について考え、人間性を深めることができます。 4. 国際社会への理解を深める 日本史は、日本と他の国との関係についても学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、国際社会における日本の役割や責任について理解することができます。 5. 教養を身につける 日本史は、日本の伝統文化や歴史的な建造物などに関する知識も学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、教養を身につけることができます。 日本史を学ぶことは、単に過去を知るだけでなく、未来を生き抜くための力となります。 日本史の学び方 日本史を学ぶ方法は、教科書を読んだり、歴史小説を読んだり、歴史映画を見たり、博物館や史跡を訪れたりなど、様々です。自分に合った方法で、楽しみながら日本史を学んでいきましょう。 まとめ 日本史を学ぶことは、私たちに様々なメリットをもたらします。日本史を学んで、自分の視野を広げ、未来を生き抜くための力をつけましょう。

憂鬱症

九時木
現代文学
憂鬱な日々

老人

春秋花壇
現代文学
あるところにどんなに頑張っても報われない老人がいました

処理中です...