季節の織り糸

神の旅 11月30日

神の旅

11月30日。冷たい風が木々を揺らし、街はもう冬の気配を感じさせていた。狐のように速い足取りで、空気が凛と冷えた小道を歩く神、名はイオ。彼はこの時期、常に神の留守のような場所を巡る。神々の世界では、冬になると多くの神々が旅に出るからだ。イオもまた、そのひとりであり、旅路を選んだ。

彼の旅は、すべてが順調に進むわけではない。霧の中に隠れた森では、狐火がちらちらと浮かび、時折、見えない何かが足元をすり抜ける。だが、イオは恐れない。彼にとっては、この寒さ、そして冬の陰影が、むしろ心地よいのだ。

「桜落葉が散りゆく季節だな…」イオは立ち止まり、しばし足元を見つめる。どこからともなく風が吹き、散った桜の葉がふわりと舞い上がる。冬の気配とともに、もうひとつの季節の名残が感じられた。

歩を進めると、氷を張った小さな川を見つけた。イオは立ち止まり、その冷たい川面をじっと見つめる。氷の中に閉じ込められた魚が、静かに泳いでいるのが見える。まるで、時が止まったかのように。魚たちもまた、この冷たい冬の中で生き抜こうとしているのだろうか。

冬の紅葉もまた、この時期ならではの景色だ。赤い色を残したもみじの葉が、風に揺れる様子は、生命の儚さを感じさせる。イオはその葉を手に取って、ひとしきり眺めた後、そっと地面に落とした。

「冬の虹か…」イオは口にする。冬になると、空気が澄んで虹が見えることがある。その美しさは、誰にも見逃されない。けれど、神々の世界では、冬の虹はまさに「神の旅」を象徴するものだと言われている。

「神が留守だとき、世界は何もかもが静かだ。静寂の中にこそ、真実が宿る。」イオはつぶやき、また歩き出した。

小六月。冬の前触れとなる小さな季節が訪れたとき、街の屋台では葱や綿入りの暖かい衣服が並び、人々は冬を迎える準備をしている。イオもまた、その中に身を寄せることがある。時には人間の街でひとときを過ごすことが、神々の旅路の一部なのだ。

街角で、イオは沢庵を食べている老人を見つけた。肌寒い空気の中、温かい湯気を立てているその沢庵は、まるで冬の味覚そのものだ。イオは少し微笑み、ゆっくりとその場を歩きながら、露時雨のように細かい雨が降り出すのを感じた。

寒い日には、寒煙が立ちこめるような気配がある。煙が立ち昇る家々から漏れ聞こえる笑い声が、イオには心地よく響く。家の中では、暖かい鍋が煮えているに違いない。人々の暮らしが、ひとしきり冬の寒さを越えて、確かな温かさを感じさせるのだ。

だが、イオの心はどこか冷えていた。神の旅に出ることは、必ずしも楽しいことばかりではない。全ての神々は、冬になると自分を見つめ直す旅に出るとされている。そのために、一人で過ごす時間が増える。そんな旅の中で感じる孤独感こそが、イオには最もつらいことだった。

その日、イオは市場を歩きながら、鬼火のように揺れる提灯の灯を見つけた。人々が集まり、菊の花を飾りつけている。イオはその光景をじっと見つめ、ふと、大根を掘る手を止めた。

「どこかで、君が待っているのだろうか…」イオは心の中でつぶやく。彼が探しているもの、求めているもの、それは神としての力ではなく、人々の中に宿る何かだった。

冬が深まり、寒さが厳しくなる中で、イオはようやく旅の終わりを感じ始めていた。すべての神々が一度は帰る場所へと帰る時が近づいてきた。だが、イオにとっては、この旅が本当の意味での終わりを迎えるまで、まだ少しだけ時間がかかりそうだった。

「神の旅」とは、ただの放浪ではない。自分を見つめる旅、世界を感じる旅。そして、何よりも、過ぎ去った季節を見守る旅でもある。

イオはふと立ち止まり、遠くの山々を見つめる。寒煙が立ち上るその山々は、まるで神々の存在を感じさせるように、静かに佇んでいる。

「神の旅も、ようやく終わりに近づいてきた。」イオはそう呟き、深く息を吸い込んだ。冬の風が彼の頬を冷たく撫でるが、心の中で、彼はひとしきりの安堵を感じた。

そして、イオは歩き続ける。寒風を受けながら、神々の足音が響くその道を。


11月30日

狐　火

桜落葉

氷　魚

冬紅葉

冬の虹

神の留守

小六月

葱

綿　入

沢　庵

露時雨

冬

神の留守

押しくら饅頭

鬼　火

菊

大　根

寒　煙

神の旅