季節の織り糸

秋霧に染まる恋 11月9日

「秋霧に染まる恋」

11月のある朝、紗和子は山あいの小道を一人で歩いていた。ひんやりとした空気が肌に触れ、霧がゆるやかに流れている。山の紅葉は見事な濃紅色に染まり、まるで大地に織りなされた絨毯のように、彼女の視界を埋め尽くしている。そんな自然の美しさに囲まれながらも、紗和子の心は重く揺れていた。

彼女の隣にいるはずの彼、冬也と過ごした日々がふと蘇る。彼は山岳写真家で、二人はこうして何度も一緒に山を訪れていた。ある日、彼がふと言ったのだ。「こういう場所でしか見られない瞬間がある。それを見逃さないことが大切なんだ」と。彼の言葉は、紗和子にとっても強く心に残っていた。しかし、彼の突然の異動によって、彼女たちは離ればなれになってしまったのだ。

霧が深まる中、紗和子は足を止め、小道脇に咲く吾亦紅（われもこう）を眺めた。その細やかな赤い花は、どこか冬也の佇まいを思い起こさせる。彼は決して派手ではないが、静かにその場を彩る人だった。そして、紗和子もまた、そんな彼に惹かれ、支えられてきたことを感じていた。

しばらく歩いていると、ふと霧笛が遠くから響いてきた。湖にかかる橋を渡るたびに、彼とこの音を聞いたことがあった。彼は、霧笛の音に耳を傾けながら、いつも自分の夢を語ってくれた。「いつか、この霧の中で新しい視点を見つけたい」と。

冬也との記憶が一層濃く蘇る中、紗和子は一つの思いが頭をよぎった。彼女は本当に冬也を待ち続けるべきなのか、離れていてもこの恋を続ける価値があるのかどうか、迷いが生まれていたのだ。

その時、彼女の足元にぽとりと小さな花が落ちた。忘れ花とも呼ばれるその花びらは、秋の深まる冷気の中、まるで春を思い起こさせるようにさわやかな色を放っていた。まるで彼女に「今」を大切にするよう伝えているかのようだった。

「忘れ花……」紗和子は小声でつぶやき、ふと冬也の言葉が胸によみがえった。「今を逃すな」という彼のアドバイスが、彼女の心を少しずつ解放していく。

その瞬間、彼の姿が霧の向こうからぼんやりと現れた。信じられない気持ちで目をこするも、彼は確かにそこにいたのだ。

「紗和子、君がここにいる気がしたんだ」と彼は静かに微笑みながら言った。彼女の頬に流れる涙を見て、そっと手を差し伸べた。

「冬也、どうして……」

「遠くにいても、僕はずっと君を感じていた。やっと戻ってこれたよ、君の元に」

二人は無言で見つめ合い、冷たい秋風の中で温もりを感じた。


11月9日

みそさざい

霧　笛

濃紅葉

秋深む

山　芋

霧

紅　葉

小　雪

さはやか

秋　思

秋深む

日　光

紅　葉

八手の花

吾亦紅

冬の星

忘れ花

泡立草