季節の織り糸

春秋花壇

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秋のしらべ 11月5日

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「秋のしらべ」

11月5日の夜、深い霧が山間の村を静かに包み込んでいた。小さな田舎町に暮らす耕一は、今日も一人、古い家の縁側に座りながら秋の夜空を見上げていた。空にはぼんやりとした満月が浮かび、霧越しに柔らかな光を放っている。月の光は庭の隅に色づくもみじの葉をかすかに照らし、赤や黄が夜のしじまの中でひそやかに揺れていた。

「今日はまた、霧が濃いなあ…」

縁側に座り、柿を一つ手に取った耕一は、ぽつりと独りごちた。柿の木は家の裏にある小さな果樹園に数本植えられており、毎年この季節になるとオレンジ色の実がたわわに実る。今日も収穫したばかりの柿をひとつかじると、口いっぱいに甘みが広がり、彼は思わず微笑んだ。

その夜は「茸飯」を炊いた。松茸やしめじ、秋の香りがぎゅっと詰まったご飯を、昔からこの季節に楽しむのが彼の楽しみだった。火にかけられた土鍋からは湯気が立ち上り、キノコの香ばしい匂いが台所いっぱいに広がる。その香りに、彼は昔の家族との団欒を思い出していた。かつて家族全員で茸を採りに山へ入ったことがあった。父や母、兄弟とともに笑い合い、収穫したキノコで食卓が賑やかだったあの日々が、今も懐かしく蘇ってくる。

食事を終えると、耕一はふらりと家の外へ出た。霧の中、薄暗い庭に出ると、湿った空気が肌にひんやりとまとわりついた。庭には、白く咲く菊が霧に霞み、凛とした姿を見せている。彼はその場に立ち、しばし菊の香りに包まれたまま、静かに深呼吸をした。

遠くから、漁火がちらちらと光っているのが見えた。この村は山間にあるものの、近くに大きな川が流れており、川の先には小さな漁村がある。漁火の光は、どこか懐かしく、温もりを感じさせるもので、まるで昔の友人たちが川の向こうで暮らしているように感じられた。

月の光が照らす中で、彼は庭の片隅に目をやった。霜がほんの少し降り始めた山栗の木の下で、何かがさくさくと音を立てている。ふと、そこには小さな色鳥が一羽、栗をついばんでいるのが見えた。小さくて鮮やかな色合いの鳥が栗の実に夢中になっている姿に、彼は微笑んだ。「ああ、山の秋がすっかり深まったんだな」と、胸の中にひんやりとした充実感が広がる。

帰り道のあぜ道には、空高くそびえる蕎麦の束が干されていた。この辺りでは、秋に収穫した蕎麦を干し、冬の長い夜にゆっくりと脱穀し、そば粉を挽く。毎年、こうして集めた蕎麦粉で年越しの蕎麦を打つのが村の慣わしで、蕎麦ができるまでの準備もまた、村人たちにとってはひとつの行事だった。彼も例年通り、村の人たちと一緒にそば打ちをするのを楽しみにしていた。

あたりには、鵙の声が聞こえていた。秋になると山の中にさまざまな野鳥が訪れるが、鵙の澄んだ鳴き声が山々に響くこの季節は、耕一にとって格別だった。彼はしばらくその声に耳を傾けていたが、やがて静かに庭に戻った。自分の足音だけが、夜の庭にかすかに響く。

家に戻り、古い囲炉裏に火を入れた。秋灯の淡い光が部屋を包み、霧の外とは別世界のような静かな温もりが広がった。ふと、耕一は自分の手元にある古びた写真を見つめた。そこには、幼いころの彼と、今は亡き祖父母の姿が写っていた。彼らもまた、この地の秋を愛し、日々の暮らしの中で季節を感じていたのだろう。彼もまた、その営みを今も引き継いでいるのだと感じると、少し誇らしい気持ちがした。

囲炉裏の火がぱちぱちと小さな音を立て、彼はしばしその火を見つめていた。心の中に、家族や故郷の温かい記憶が蘇り、彼はひとつ、心の中で静かに感謝を捧げた。

秋の夜が更けていく。霧に包まれた静かな村の中で、耕一は静かに目を閉じ、秋のしらべに耳を傾け続けた。


11月5日



夜 霧

もみぢ





茸 飯



漁 火

秋 灯

爽やか

霜 降

色 鳥

里 芋

山 栗

空高し

夜 庭

爽やか



蕎麦干す

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