季節の織り糸

春秋花壇

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秋の庭にて

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秋の庭にて

 11月5日の晩、空には霧が立ち込め、月の光がその薄いカーテンを透かして柔らかく地面を照らしていた。庭に出ると、まだ柿の実が色づいており、秋の訪れを感じさせる。果樹の下には、もみじの葉が散りばめられ、風に舞い上がるたびに軽やかな音を立てる。

 「こんな夜は、静かに過ごしたいな。」私は小さな声で呟くと、月明かりの下、古い椅子に腰を下ろした。もみじの赤い色が、まるで火に照らされているように見える。頭上には、秋の星空が広がり、ほんのりとした涼しさが心地よい。霧の中からは、微かにキノコの香りが漂ってくる。先日、母が秋の茸を探しに行き、採ってきたばかりのものだ。

 「今夜は茸飯を炊こう。」私は心の中で計画を立てる。母の教えを思い出しながら、茸を丁寧に切り、炊き込みご飯にする準備を始めた。台所の窓からは、庭の光景が見え、そこには秋の花、菊がしっかりと咲いている。季節がもたらす色彩の美しさに、思わずため息が漏れた。

 火を起こすと、パチパチと心地よい音が耳に届く。火の温かさが、霧の冷たさを忘れさせてくれる。秋の灯がともると、少しずつ庭も明るさを取り戻す。月明かりの中で、漁火のように、我が家のキッチンが温かく輝く。

 「爽やかな秋の夜だな。」私の言葉に、静寂の中から小鳥のさえずりが返ってくる。霜が降りる前のこの時期、空は高く澄み渡り、夜空の星々がより一層輝いている。キッチンから見える窓の外には、色とりどりの鳥たちが木々の間を行き来し、彼らの軽快な動きに目を奪われる。

 「里芋も煮ようかな。」私は次の料理を思いつき、食材を準備し始めた。実家から持ってきた里芋は、ホクホクとした味わいが特徴で、霧に包まれた夜にはぴったりの食材だ。秋の恵みを存分に味わえるこの季節、心が豊かになるのを感じる。

 その時、遠くの方から漁の声が聞こえた。近くの湖で釣りを楽しむ人たちだろうか。漁火がちらちらと見え、彼らの楽しげな声が風に乗ってこちらまで届いてくる。思わず、私もその声に引き寄せられ、外に出てみることにした。

 庭を出ると、月明かりに照らされた小道を歩いて湖へと向かう。爽やかな秋の風が頬を撫で、心地よい冷たさが嬉しい。霧が立ち込め、周りの景色がぼんやりとしている。視界の先に、漁火がゆらゆらと揺れているのが見えた。

 湖畔に近づくと、漁をしている人たちの姿が見えた。彼らは、寒い夜に集まった仲間たちで、互いに笑い合いながら楽しんでいる。私もその楽しげな雰囲気に引き寄せられ、少し離れたところから彼らを見守った。漁の合間に交わされる会話や笑い声が、霧の中に溶け込んでいく。

 その夜、漁火の明かりの下で過ごす時間は、どこか特別なものだった。彼らの楽しそうな姿を見ていると、私も自然と笑顔になり、心が温かくなっていく。

 月が高く昇り、夜が深まるにつれて、空気がさらに冷たくなっていく。霜が降りる準備をしているのだろう。私は一度家に戻り、温かい茸飯を食べることにした。キッチンからは、ほのかに香るご飯の匂いが漂ってくる。

 再び家の中に戻ると、温かい空間が私を包み込む。茸飯を器に盛り付け、静かに一口頬張る。その味は、秋の深まりを感じさせる素朴で懐かしいものだった。口の中で広がる風味に、自然の恵みに感謝した。

 食事を終え、庭に出て月を仰ぎ見る。空は高く、星々が瞬いている。霧が薄れていく中で、また新たな夜の物語が始まる。秋の灯が、私の心に優しい温もりを届けてくれる。

 その瞬間、ふと思いついた。こうして、毎年この季節に訪れる秋の夜。柿、もみじ、菊、里芋、すべての色が織りなす美しいハーモニー。月と霧の中で、私は静かにこの瞬間を楽しむことにした。

 「秋は、いつだって特別なんだな。」心の中でそう呟きながら、私は月明かりの下で新しい物語を紡いでいくのだった。


11月5日



夜 霧

もみぢ





茸 飯



漁 火

秋 灯

爽やか

霜 降

色 鳥

里 芋

山 栗

空高し

夜 庭

爽やか



蕎麦干す

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