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秋惜しむ里の光景 11月4日
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「秋惜しむ里の光景」
11月の初め、秋が深まる山里に、夕暮れの霧がふんわりと降りてきた。霧の中、赤や黄に色づいた木々が霞んで見える。里山を歩く小柄な老人、榊(さかき)は、この季節になると里を歩き回り、さまざまな秋の恵みを探して回るのが習慣だった。彼は腰に小さな籠を提げ、道端や林の中で見つけた栗やどんぐり、榎(えのき)の実を丁寧に集めていた。
「今年も秋が惜しいな」
榊はそう呟き、籠に集めた栗の艶やかな姿を見つめる。今年も豊作だった。近所の子供たちが彼に頼んで集めた栗をお菓子にしてもらうのを楽しみにしている。夕霧が漂うこの里山で、彼の集める栗は小さな宝物として大切にされていた。
山の中腹に差しかかると、彼の鼻をくすぐるかすかな香りが漂ってきた。それは茸(きのこ)の香りだった。彼は周囲を見渡し、湿った地面に目をやる。小さな紅葉の葉の陰に、ひょっこりと頭を出している数種類の茸を見つけ、ゆっくりと腰をかがめてそれを摘み取った。山の中はすっかり秋の装いをまとっていた。
「今夜は茸汁にするか、それとも鍋がいいかな」
榊は独り言を呟きながら、籠に茸を入れてまた歩き出した。今日は風がさわやかで、山の空気は小春日和のように暖かい。秋が名残惜しくなるほどの柔らかな空気が、彼の心を優しく包んでくれる。
道端にはどんぐりや栗が落ち、散策する人々の足元を飾っていた。空には鵙(もず)の声が響き、秋の終わりを告げるかのようだ。榊はふと、何十年も前にこの山里で過ごした幼い日のことを思い出した。その頃は、この季節になると父や祖父と一緒に山に入り、榎の実を拾ったり、蕎麦の収穫を手伝ったりしていたものだ。
「秋惜しむ気持ちは、歳をとっても変わらんな」
自分の言葉に小さく笑いながら、彼は足を進めた。ふと見ると、道沿いの柿の木がたわわに実をつけているのが目に入った。鮮やかな橙色が、木の間に点々と散らばり、まるで自然が施した錦のようだ。榊は柿の木のそばに立ち止まり、ひとつだけもぎ取ってかじる。渋みがほのかに残るが、その素朴な味わいが秋の訪れをさらに強く感じさせてくれる。
ふもとにある小さな村に戻ると、そこには榊の幼馴染の老人、源三が待っていた。彼も秋の恵みを愛し、共に山歩きを楽しむ仲間だ。二人は昔からの友人で、こうして年を重ねても一緒に季節の移ろいを楽しんでいる。
「榊さん、今夜は何を作るんだ?」源三が興味津々に尋ねた。
「茸鍋にしようかと思ってな。里の人たちも呼んで、一緒に食べよう」
二人は家に戻り、榊が集めた茸と栗を使って鍋の準備を始めた。薪を割り、鍋に水を張り、火を焚く。心地よい木の香りが漂う中、鍋からは茸の香ばしい匂いが立ち上り始めた。
夜が更け、村の人たちが集まってきた。彼らは収穫の喜びを分かち合いながら、榊と源三が作った茸鍋を囲む。どこからか柚(ゆず)の香りが漂い、鍋の中に放り込まれたそれが、さらに料理を引き立ててくれた。
「いやぁ、秋はいいもんだな」
「ほんとだな。今年も無事に秋を迎えられてよかった」
鍋を囲む老人たちの会話は、日常の小さな喜びを語り合うものだった。秋を惜しむ彼らの姿は、まるで季節そのものと別れを惜しんでいるかのように見えた。
食事が終わり、村人たちが帰路につく頃には、山間に静かな霧がまた漂い始めていた。榊は源三と一緒に片付けを終え、静かに夜の山里を見つめた。
「来年もまた、この季節を迎えられるといいな」
「そうだな。秋は、何度迎えても飽きることがない」
二人は笑い合い、家に戻るためにゆっくりと歩き出した。晩秋の夜風が、彼らの頬を心地よく冷やしながら、静かに去りゆく秋を見送っていた。
11月4日
柿
夕 霧
もみぢ
霧
秋深し
茸汁(茸鍋)
爽やか
小 春
秋惜しむ
菱 喰
山粧う
どんぐり
鴫
柚
野山の錦
榎の実
鵙
栗
蕎麦刈
11月の初め、秋が深まる山里に、夕暮れの霧がふんわりと降りてきた。霧の中、赤や黄に色づいた木々が霞んで見える。里山を歩く小柄な老人、榊(さかき)は、この季節になると里を歩き回り、さまざまな秋の恵みを探して回るのが習慣だった。彼は腰に小さな籠を提げ、道端や林の中で見つけた栗やどんぐり、榎(えのき)の実を丁寧に集めていた。
「今年も秋が惜しいな」
榊はそう呟き、籠に集めた栗の艶やかな姿を見つめる。今年も豊作だった。近所の子供たちが彼に頼んで集めた栗をお菓子にしてもらうのを楽しみにしている。夕霧が漂うこの里山で、彼の集める栗は小さな宝物として大切にされていた。
山の中腹に差しかかると、彼の鼻をくすぐるかすかな香りが漂ってきた。それは茸(きのこ)の香りだった。彼は周囲を見渡し、湿った地面に目をやる。小さな紅葉の葉の陰に、ひょっこりと頭を出している数種類の茸を見つけ、ゆっくりと腰をかがめてそれを摘み取った。山の中はすっかり秋の装いをまとっていた。
「今夜は茸汁にするか、それとも鍋がいいかな」
榊は独り言を呟きながら、籠に茸を入れてまた歩き出した。今日は風がさわやかで、山の空気は小春日和のように暖かい。秋が名残惜しくなるほどの柔らかな空気が、彼の心を優しく包んでくれる。
道端にはどんぐりや栗が落ち、散策する人々の足元を飾っていた。空には鵙(もず)の声が響き、秋の終わりを告げるかのようだ。榊はふと、何十年も前にこの山里で過ごした幼い日のことを思い出した。その頃は、この季節になると父や祖父と一緒に山に入り、榎の実を拾ったり、蕎麦の収穫を手伝ったりしていたものだ。
「秋惜しむ気持ちは、歳をとっても変わらんな」
自分の言葉に小さく笑いながら、彼は足を進めた。ふと見ると、道沿いの柿の木がたわわに実をつけているのが目に入った。鮮やかな橙色が、木の間に点々と散らばり、まるで自然が施した錦のようだ。榊は柿の木のそばに立ち止まり、ひとつだけもぎ取ってかじる。渋みがほのかに残るが、その素朴な味わいが秋の訪れをさらに強く感じさせてくれる。
ふもとにある小さな村に戻ると、そこには榊の幼馴染の老人、源三が待っていた。彼も秋の恵みを愛し、共に山歩きを楽しむ仲間だ。二人は昔からの友人で、こうして年を重ねても一緒に季節の移ろいを楽しんでいる。
「榊さん、今夜は何を作るんだ?」源三が興味津々に尋ねた。
「茸鍋にしようかと思ってな。里の人たちも呼んで、一緒に食べよう」
二人は家に戻り、榊が集めた茸と栗を使って鍋の準備を始めた。薪を割り、鍋に水を張り、火を焚く。心地よい木の香りが漂う中、鍋からは茸の香ばしい匂いが立ち上り始めた。
夜が更け、村の人たちが集まってきた。彼らは収穫の喜びを分かち合いながら、榊と源三が作った茸鍋を囲む。どこからか柚(ゆず)の香りが漂い、鍋の中に放り込まれたそれが、さらに料理を引き立ててくれた。
「いやぁ、秋はいいもんだな」
「ほんとだな。今年も無事に秋を迎えられてよかった」
鍋を囲む老人たちの会話は、日常の小さな喜びを語り合うものだった。秋を惜しむ彼らの姿は、まるで季節そのものと別れを惜しんでいるかのように見えた。
食事が終わり、村人たちが帰路につく頃には、山間に静かな霧がまた漂い始めていた。榊は源三と一緒に片付けを終え、静かに夜の山里を見つめた。
「来年もまた、この季節を迎えられるといいな」
「そうだな。秋は、何度迎えても飽きることがない」
二人は笑い合い、家に戻るためにゆっくりと歩き出した。晩秋の夜風が、彼らの頬を心地よく冷やしながら、静かに去りゆく秋を見送っていた。
11月4日
柿
夕 霧
もみぢ
霧
秋深し
茸汁(茸鍋)
爽やか
小 春
秋惜しむ
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