季節の織り糸

春秋花壇

文字の大きさ
上 下
124 / 359

暮れゆく秋の約束 10月23日

しおりを挟む
「暮れゆく秋の約束」

10月23日、東京の街は爽やかな秋の空気に包まれていた。日差しは穏やかで、涼やかな風が吹き抜ける中、静かに季節は暮れの秋へと移り変わろうとしていた。

三浦紗季(さき)は、駅前の小道を歩きながら、淡い月が早くも浮かび始めた空を見上げた。この時期、空はどこか特別な色を帯びている。秋の終わりを告げるような冷たい空気の中、少し寂しさを感じつつも、心の中には静かな期待があった。今日は大切な人に会える約束の日だった。

彼の名前は、藤村陸(りく)。大学時代からの友人であり、かれこれ5年以上の付き合いになる。しかし、二人はずっと友達以上の関係には進めずにいた。陸は、いつも何かを抱えているようで、彼の心の中に踏み込むことができず、紗季はその距離感に悩んでいた。

今日はそんな陸と、久しぶりにゆっくり話す機会だった。彼からの誘いで、十三夜の月を見ながら秋を収める会を開こうという提案があったのだ。十三夜の月は、日本では「栗名月」とも呼ばれ、特に美しいとされる。紗季は、その誘いを受けることに少し迷ったが、やはり彼に会いたい気持ちが勝り、承諾した。

第1章 陸の秘密
紗季が駅に着いた時、陸はすでに待っていた。いつも通り、少し不器用な笑みを浮かべている。

「紗季、遅くなってごめん。ちょっと早く着いちゃってさ」と陸は照れくさそうに言った。

「いいのよ、私もさっき着いたばかりだから。行きましょうか、今日はいい月が見れそうね」

二人は駅から少し離れた公園へと向かった。秋が深まり、松の木々が静かに風に揺れる中、月が徐々に輝きを増していった。途中、楝(おうち)の木に実がなっているのを見つけた紗季は、ふと子供の頃を思い出した。

「昔、祖父母の家に行くと、よく楝の実を拾って遊んでたの。小さな丸い実が転がるのが面白くてね」

「そんなことがあったんだ」と陸は、紗季の話に耳を傾けた。彼は無口だが、いつも彼女の話を真剣に聞いてくれる。その態度が紗季を安心させた。

公園に着いた二人は、木々の間に敷かれたベンチに腰を下ろした。松の手入れがされたばかりの美しい景色が広がる。秋の夜風が涼しく、心地よい。

「紗季、今日はありがとう。君と一緒に十三夜を過ごせるなんて、幸せだよ」

「こちらこそ、誘ってくれて嬉しかった。最近、ずっと忙しくて、こうして落ち着いて話すのは久しぶりだものね」

二人は静かに月を眺めた。満ちていく月が、夜空に溶け込むように光り、松の影が美しい模様を作り出している。しばらくの沈黙の後、陸が口を開いた。

「紗季、俺…実はずっと言いたかったことがあるんだ。でも、どうしても言い出せなくて」

紗季は驚いて彼を見つめた。陸がこんな風に自分から話し始めることは珍しい。いつも何かを隠しているような彼が、今日は何か大切なことを打ち明けようとしているのだと感じた。

「何?どうしたの?何でも聞くよ」

陸は深く息を吸い込んでから、ゆっくりと話し始めた。

「実は、俺、ずっと紗季に言えなかったことがあって…好きなんだ。大学時代から、ずっと。でも、自分に自信がなくて、友達のままでいる方がいいんじゃないかって思って、言えなかった」

その言葉に、紗季の心臓が大きく跳ねた。ずっと曖昧な距離感を保っていた二人の関係が、今、この瞬間に大きく動き出している。紗季もまた、陸に対して特別な感情を抱いていたが、それを表に出すことはなかった。

「私も…陸のこと、好きだった。ずっと。でも、あなたが何か抱えているように見えて、踏み込んでいいのかわからなかったの」

二人はしばらく無言で、互いの顔を見つめ合った。秋の夜風が、松の間を吹き抜け、わかめの香りが漂うような潮の香りも感じる。まるで自然が二人を包み込んでいるかのような、そんな静かな時間だった。

第2章 秋の実と約束
その時、木の下に転がる赤い実に紗季の目が留まった。

「あれ、あかのままね。秋になると、この茨の実が赤く熟すんだ。昔、よく母と一緒に拾いに行ったのを覚えてる」

「俺も見たことある。秋って、いろんなものが実を結ぶんだな」

陸の言葉に、紗季は笑顔を返した。彼の表情はどこかほっとしたように見えた。

「これからも、こうして一緒にいられるといいね」

紗季は静かにそう言った。二人の距離は今、確かに縮まっていた。秋の霖(りん)のようにしっとりとした雨が降る日も、鵙(もず)の声が響く澄んだ空気の中での一日も、これからは二人で過ごすことができるという希望が、彼女の心に静かに広がった。

「紗季、これからも一緒にいてほしい。もう迷わない。俺たち、ずっとこうして話していこう」

陸の言葉に、紗季は頷いた。彼の手がそっと紗季の手に触れる。秋収めの夜は静かに深まっていくが、二人の心には確かな約束が芽生えていた。

それからの夜、二人は秋の名残を感じながら、ずっと話し続けた。秋の黴雨(ばいう)が降る日も、残る虫の音が響く夜も、二人は一緒に過ごしていく。冬が近づく中でも、彼らの心には温かな灯火がともり続けていた。


10月23日

爽やか

暮の秋



松手入

楝の実





秋収め

十三夜

陸 稲

あかのまま

山法師の実

醂し柿

秋黴雨

茨の実

秋 霖

残る虫

暮の秋

牛 膝
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

春秋花壇
現代文学
注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

生きる

春秋花壇
現代文学
生きる

憂鬱症

九時木
現代文学
憂鬱な日々

陽だまりの家

春秋花壇
現代文学
幸せな母子家庭、女ばかりの日常

ギリシャ神話

春秋花壇
現代文学
ギリシャ神話 プロメテウス 火を盗んで人類に与えたティタン、プロメテウス。 神々の怒りを買って、永遠の苦難に囚われる。 だが、彼の反抗は、人間の自由への讃歌として響き続ける。 ヘラクレス 十二の難行に挑んだ英雄、ヘラクレス。 強大な力と不屈の精神で、困難を乗り越えていく。 彼の勇姿は、人々に希望と勇気を与える。 オルフェウス 美しい歌声で人々を魅了した音楽家、オルフェウス。 愛する妻を冥界から連れ戻そうと試みる。 彼の切ない恋物語は、永遠に語り継がれる。 パンドラの箱 好奇心に負けて禁断の箱を開けてしまったパンドラ。 世界に災厄を解き放ってしまう。 彼女の物語は、人間の愚かさと弱さを教えてくれる。 オデュッセウス 十年間にも及ぶ流浪の旅を続ける英雄、オデュッセウス。 様々な困難に立ち向かいながらも、故郷への帰還を目指す。 彼の冒険は、人生の旅路を象徴している。 イリアス トロイア戦争を題材とした叙事詩。 英雄たちの戦いを壮大なスケールで描き出す。 戦争の悲惨さ、人間の業を描いた作品として名高い。 オデュッセイア オデュッセウスの帰還を題材とした叙事詩。 冒険、愛、家族の絆を描いた作品として愛される。 人間の強さ、弱さ、そして希望を描いた作品。 これらの詩は、古代ギリシャの人々の思想や価値観を反映しています。 神々、英雄、そして人間たちの物語を通して、人生の様々な側面を描いています。 現代でも読み継がれるこれらの詩は、私たちに深い洞察を与えてくれるでしょう。 参考資料 ギリシャ神話 プロメテウス ヘラクレス オルフェウス パンドラ オデュッセウス イリアス オデュッセイア 海精:ネーレーイス/ネーレーイデス(複数) Nereis, Nereides 水精:ナーイアス/ナーイアデス(複数) Naias, Naiades[1] 木精:ドリュアス/ドリュアデス(複数) Dryas, Dryades[1] 山精:オレイアス/オレイアデス(複数) Oread, Oreades 森精:アルセイス/アルセイデス(複数) Alseid, Alseides 谷精:ナパイアー/ナパイアイ(複数) Napaea, Napaeae[1] 冥精:ランパス/ランパデス(複数) Lampas, Lampades

日本史

春秋花壇
現代文学
日本史を学ぶメリット 日本史を学ぶことは、私たちに様々なメリットをもたらします。以下、そのメリットをいくつか紹介します。 1. 現代社会への理解を深める 日本史は、現在の日本の政治、経済、文化、社会の基盤となった出来事や人物を学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、現代社会がどのように形成されてきたのかを理解することができます。 2. 思考力・判断力を養う 日本史は、過去の出来事について様々な資料に基づいて考察する学問です。日本史を学ぶことで、資料を読み解く力、多様な視点から物事を考える力、論理的に思考する力、自分の考えをまとめる力などを養うことができます。 3. 人間性を深める 日本史は、過去の偉人たちの功績や失敗、人々の暮らし、文化などを学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、人間としての生き方や価値観について考え、人間性を深めることができます。 4. 国際社会への理解を深める 日本史は、日本と他の国との関係についても学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、国際社会における日本の役割や責任について理解することができます。 5. 教養を身につける 日本史は、日本の伝統文化や歴史的な建造物などに関する知識も学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、教養を身につけることができます。 日本史を学ぶことは、単に過去を知るだけでなく、未来を生き抜くための力となります。 日本史の学び方 日本史を学ぶ方法は、教科書を読んだり、歴史小説を読んだり、歴史映画を見たり、博物館や史跡を訪れたりなど、様々です。自分に合った方法で、楽しみながら日本史を学んでいきましょう。 まとめ 日本史を学ぶことは、私たちに様々なメリットをもたらします。日本史を学んで、自分の視野を広げ、未来を生き抜くための力をつけましょう。

老人

春秋花壇
現代文学
あるところにどんなに頑張っても報われない老人がいました

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...