季節の織り糸

はんなりと季節の織り糸紡ぐひと時

はんなりと季節の織り糸紡ぐひと時

京都の秋は、穏やかでありながら、どこか儚い。サクラは紅葉がそろそろ見頃を迎えた嵐山の麓にある、古びた町屋にいた。ここは祖母が残してくれた家で、数年前に祖母が亡くなってから、彼女はここを受け継いでいた。

その日は少しひんやりとした秋の風が吹き、庭の曼珠沙華が風に揺れていた。サクラはその赤い花を見つめながら、ふと祖母との思い出を思い出した。祖母はいつも庭に咲く花々に愛情を注ぎ、特に秋の訪れとともに咲く曼珠沙華を「幸せの予兆」と言って喜んでいた。

「サクラ、お前もいつか、この庭の季節を感じて大切にしていくんやで」と、祖母は穏やかな笑顔で言ったものだ。

サクラはその言葉が今も心に残っていた。祖母の言葉を胸に、彼女は季節の織り糸を紡ぐかのように、日々の移ろいを感じていた。秋は特に、季節の変わり目が鮮明に感じられる瞬間が多い。虫たちの鳴き声がどこか哀愁を帯び、黄金色に染まる田畑が広がり、新蕎麦の香りが風に乗って漂ってくる。サクラはそんな秋の風景を、幼い頃から祖母とともに過ごしてきた。

その日の昼下がり、サクラは家の縁側に座り、湯呑みを手にしていた。新蕎麦を使った手打ちの蕎麦をいただきながら、庭の風景を眺めるのが彼女の楽しみだ。風が頬を撫で、秋の香りがふわりと鼻先をくすぐる。庭には、がまずみの実が赤く色づき、少しずつ秋が深まっていることを感じさせていた。

「はんなりとした時間が流れるなぁ……」サクラは思わず口元を緩め、静かに呟いた。

彼女にとって、この時間こそが祖母とのつながりを感じられる一番大切な瞬間だった。町屋の木のぬくもり、庭に咲く季節の花、虫たちの声、それらが織りなす静寂が、心を満たしてくれる。自然と共にある生活は、サクラにとっては単なる日常以上のもので、季節の移ろいを感じ、心を癒すひと時だった。

縁側に座っていると、いつの間にか雨が静かに降り始めた。秋雨だ。雨粒がぽつぽつと庭の石畳に落ち、草花を潤していく。サクラは雨の音に耳を傾けながら、祖母が大切にしていた茶道具を取り出し、一人で静かに茶を点てる準備を始めた。

「雨月の夜には、茶をたてて心を鎮めるんや」と祖母はよく言っていた。月明かりの中、雨音が響く夜に一杯のお茶をいただくことが、祖母にとっては至福の時間だった。サクラもその習慣を受け継ぎ、今もなお続けていた。

湯を注ぎ、茶を点て、香り高いお茶の湯気が立ち上る。その湯気に包まれながら、サクラは目を閉じ、静かな気持ちで一口飲んだ。

「はんなりとした時間、これが私の糸やな……」そう思いながら、祖母との思い出が鮮明に蘇ってくる。祖母が大切にしていた季節の織り糸、それはただの過去の記憶ではなく、今もなおサクラの生活の中で織り続けられている。

雨が止み、庭に薄い霧が立ち込める。曼珠沙華の赤が一層鮮やかに映え、がまずみの実がしっとりとした艶を帯びていた。庭全体がまるで一つの絵画のように、静かで美しい瞬間を見せていた。

「季節は繰り返すけど、それぞれの瞬間は一度きりや……」サクラはそう思い、深呼吸をした。この静かなひと時が、彼女にとってどれほどかけがえのないものか。祖母が紡いでくれた季節の織り糸を、今、自分が受け継いでいるという実感が、サクラの胸に温かく広がっていった。

そして、サクラはそっと微笑み、また湯呑みを手に取り、縁側で秋の風を感じ続けた。