季節の織り糸

春秋花壇

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秋空の紡ぎ手

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秋空の紡ぎ手

秋の澄んだ空には、さまざまな雲が浮かび、ひとつひとつがまるで物語を語るようにその姿を変えていた。村の小さな中学校では、天文部の活動が行われていた。生徒たちが校庭に集まり、望遠鏡や双眼鏡を使って空を観察している。

天文部の顧問を務めるのは、三十代半ばの先生、田中直樹。彼は都会の喧騒を離れ、自然豊かなこの村にやってきて五年になる。空を眺めることが大好きで、その魅力を生徒たちに伝えたくて天文部を立ち上げた。しかし、生徒数の少ないこの村では、部員もわずか三人。中学二年生の千尋、真由、そして悠斗だ。

「今日の空、なんだか不思議な感じですね、先生。」千尋が空を見上げながら言った。彼女は好奇心旺盛で、部活動のたびにいろいろな質問をしてくる。

田中は頷いて、空を指さした。「あれは、巻積雲(けんせきうん)だよ。『うろこ雲』とも呼ばれているんだ。見てごらん、細かい雲片が集まって、まるで魚のうろこのようだろう?」

「ほんとだ。魚のうろこみたいで面白いね。」真由が嬉しそうに言う。彼女は千尋の親友で、絵を描くのが得意だ。今もスケッチブックを広げ、雲の形を描き留めている。

「いわし雲って、いわしの群れみたいだからそう呼ばれるんですよね?」悠斗が尋ねた。彼は読書好きで、天文学だけでなく、ことわざや民間伝承にも詳しかった。

田中は微笑んで頷いた。「そうだね。昔の人たちは、自然の現象を通してさまざまなことを見抜いてきたんだ。たとえば『いわし雲が出るといわしが大漁になる』って言われていたよ。自然と人間の暮らしは深く結びついていたんだね。」

「じゃあ、さば雲っていうのもあるの?」千尋が聞いた。

「そうさ、さば雲は、さばの背の模様みたいに波状になっているんだ。これらは全部、同じ巻積雲の一種なんだけど、見た目の違いで名前がついているんだよ。」田中はそう説明しながら、雲の形を指差して見せた。

その日の夕方、空一面に広がるうろこ雲を見上げながら、千尋たちは田中の周りに集まった。彼はいつもと違う真剣な表情で空を見つめていた。

「先生、何かあったんですか?」悠斗が尋ねる。

田中はしばらく黙っていたが、やがてぽつりと口を開いた。「この雲は、低気圧や前線が近づいている証拠なんだ。明日はきっと雨になるだろう。」

その言葉に、真由は驚いて顔を上げた。「えっ、本当ですか?」

「うん。昔から『うろこ雲が出ると天気が一変する』と言われていて、実際にそうなることが多いんだ。今夜から風が強くなり、明日には大雨になるかもしれない。」

三人は黙って空を見上げた。さっきまで穏やかに見えた空が、急に何かを告げているように思えた。

「自然ってすごいね…」千尋が感嘆の声をもらした。「こんな小さな雲たちが、私たちに未来のことを教えてくれるなんて。」

「そうだね。雲の動きや形を見て、天気を予測することは、昔の人々にとって生きるための知恵だったんだ。」田中は優しく言った。「それを学ぶことは、今でも大切なことだよ。」

その晩、予報通り風が強まり、深夜には雨が降り始めた。村の人々は慌てて家の中に洗濯物を取り込み、家畜を避難させるなどして備えた。千尋も家の窓から降りしきる雨を眺めながら、今日のことを思い返していた。

翌日、雨は止んでいたが、空には灰色の雲が広がっていた。田中は学校の屋上で、三人の部員たちと再び空を見上げていた。

「すじ雲が消えて、次はどうなるのかな…」真由が不安げに言った。

「心配しなくても大丈夫。天気は変わりやすいけど、それがまた面白いところでもあるんだ。昨日のうろこ雲も、今日は見えないだろう?」田中は空に向かって指を伸ばし、ぽつりと一言。「雲は移ろうものだ。今あるものはすぐに消えて、また新しいものが現れる。人生も同じさ。」

千尋たちはその言葉を胸に刻んだ。雲のように、目に見える形で流れる時間の中で、彼らもまた変わり続けていくのだろう。

秋の空には、再び透明な青が広がっていた。子供たちは校庭で元気に走り回り、風に揺れる木々の葉がカサカサと音を立てる。天文部の三人もまた、季節の移り変わりを感じながら、それぞれの思いを胸に抱えていた。

田中は彼らを見守りながら、静かに祈った。どうか、彼らの未来が、空のように自由で輝かしいものでありますように。そして、どんなに移ろう雲のような日々であっても、彼らが笑顔を忘れずにいられますように、と。

次第に空には、ふんわりとしたひつじ雲が広がり始めた。田中はそれを見て、心の中で微笑んだ。「また新しい雲がやってきたね。」そう呟きながら、彼は子供たちと一緒に、次の空を見上げた。






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