季節の織り糸

春秋花壇

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秋の軌跡 9月20日

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「秋の軌跡」

9月20日。秋の澄んだ空気が、詩織の心に染み込むように感じられた。窓の外には稲が黄金色に輝き、雀たちがその周りを飛び回っていた。稲雀は、穂を揺らしながら秋の終わりを告げるように舞っていた。

「もうすぐ満月だな」と詩織は独り言をつぶやいた。昨晩も、月は徐々に膨らんでいくように見えた。満月を前にして、庭の萩の花がほのかに香っていた。秋の夜は虫たちの声が響き、虫売が通りを歩く声も遠くから聞こえてきた。子どもの頃、詩織はよく母親と一緒に虫売から鈴虫を買って、夜の静けさの中でその音色を楽しんでいたことを思い出す。

今はそんなことをする時間もなくなってしまった。忙しい日々に追われ、秋の風情を感じる余裕すらなくしてしまっている。詩織は深いため息をつき、庭に目をやる。秋茄子が色鮮やかに実っているのを見て、少しだけ心が和んだ。父が育てた茄子だ。彼は年を重ねても、季節ごとの作物を育てることを楽しんでいた。

「今年も美味しい茄子料理ができそうだね」と父が笑顔で話していた姿が浮かんだ。詩織はその父の言葉を胸に、さっそく台所に向かい、茄子を料理する準備を始めた。

夜が更けるにつれ、外は虫たちの音で満ちていた。窓を少し開けると、涼やかな風と共に、野分が吹き抜けていく。秋の台風は、時に激しいが、どこか寂しさを感じさせる風だ。詩織は、家の中で耳を澄まし、風の音に包まれる。風に乗って、露けし秋の夜が静かにやってくる。

彼女は机の上に並べられた、今朝摘んだ紫苑の花束を眺めていた。紫苑は、彼女にとって特別な花だった。母がよく「紫苑の季節になると、秋が深まってくるのよ」と言っていたのを思い出す。秋の季節感を、母が大切にしていたことを今になって実感する。母は草の穂が揺れる様子を好んで、庭にその風景を再現していた。詩織もそんな母の影響で、自然に触れることを大切にしてきた。

部屋の片隅に目をやると、秋の蠅が静かに窓辺にとまっているのに気づく。夏の蠅とは異なり、秋の蠅はどこか静かな存在感があり、詩織はその姿をじっと見つめた。夏が終わり、静かに命を紡ぐような姿が、彼女の心を打つ。

ふと、父が田んぼに立てた案山子が思い浮かんだ。毎年のように、父は丁寧に案山子を作っていた。その案山子を通して、秋の稲穂が揺れる風景が広がるのを思い浮かべる。詩織は幼い頃、案山子を手伝ったこともあった。「案山子って、稲を守るためにあるんだよ」と父が教えてくれた時、詩織はその無言の守護者の存在に深い感銘を受けた。

庭には莢隠元が静かに揺れていた。父が育てた作物の一つで、毎年秋の訪れを知らせる存在だった。詩織はふと俵編みのことを思い出した。父が編んだ俵は、しっかりとした手触りで、農作業の一部として大切にされていた。彼女は俵を編む手仕事を見て育ち、今もその光景を鮮明に覚えている。

秋の夜風が静かに吹き込む中、詩織は机の上にある一冊の古い本を手に取った。それは、俳人正岡子規の句集だった。今日、9月20日は子規忌――子規がこの世を去った日だった。彼の詩の中には、秋の風景や感情が深く描かれており、詩織はその言葉に慰めを感じていた。彼の句「八重むぐらしげれる宿のさびしさに、人こそ知れね秋は来にけり」を静かに読んで、詩織は秋の深い寂しさを改めて実感した。

秋袷を羽織り、詩織は静かに庭に出た。秋の風が肌を冷たく撫で、彼女の心に秋の寂しさと共に、小さな温かさが広がった。

「秋が来たんだな」と、詩織はつぶやいた。


9月20日 俳句季語

稲雀



満月

秋茄子

虫の夜

虫売

野分

露けし

紫苑

秋の蠅

草の穂

莢隠元

案山子

蔓たぐり

俵編み

子規忌



秋袷
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