季節の織り糸

春秋花壇

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夕月夜に響く虫しぐれ 9月18日

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「夕月夜に響く虫しぐれ」

9月18日、秋の風が田んぼをそっと撫でる夕暮れ時。村の家々には明かりが灯り始め、静かに暮れていく秋日和の一日が終わろうとしていた。この日は名月、月が美しく照らし出す夜が予感される。

山あいの小さな村に暮らす美香は、家の縁側に座り、ゆっくりと夕月夜を眺めていた。目の前に広がる秋の田は、黄金色に輝き、収穫間近の稲が風に揺れている。虫たちが静かに鳴き始め、虫しぐれが遠くから聞こえてくる。

「虫の音って、いいね…」美香は、そっとつぶやいた。かまつかの木が風に揺れ、その枝葉が小さな音を立てている。彼女はふと、田んぼのほとりで咲く萩の花を見つめた。その花々は、秋の訪れを静かに告げるかのように咲き誇っている。

美香の家は、山のふもとにあり、長い間ここで家族と共に田畑を耕してきた。しかし、今年の夏は特に厳しく、台風の被害で村全体が打撃を受けた。畑の作物も一部が枯れ、家族はその復旧に追われた日々を送っていた。だが、美香の心を最も重くしていたのは、祖母の体調だった。

「おばあちゃん、大丈夫かな…」美香は、縁側から家の中を見つめた。祖母は夏の終わりから体調を崩し、ずっと臥していた。彼女は名月の日を楽しみにしていたが、今夜は外に出ることができなかった。

美香は、ふと思い立ち、庭先の草むらに目をやった。そこには、枯れた蟷螂(かまきり)が小さく姿を見せていた。夏の激しい命の終焉を迎えるかのように、静かに息を引き取るその姿が、秋の訪れを一層感じさせた。

「おばあちゃんにも、この秋を感じさせてあげたいな…」そう思った美香は、家の中に入ると、祖母の部屋に向かった。窓辺に座っていた祖母は、少し顔をしかめながらも、美香が入ってくるのを見て微笑んだ。

「美香、どうしたの?」祖母は、ゆっくりとした声で聞いた。

「おばあちゃん、外の空気、少しでも感じてみない?名月の日だよ。虫も鳴いていて、すごく気持ちいいんだ」と美香は提案した。

祖母は少し驚いたような表情を見せたが、すぐに頷いた。「そうね…外の空気、吸ってみたいわね」

美香は、祖母の手をそっと握り、縁側まで連れて行った。外はまだ薄暗く、名月が姿を見せるには少し早い。夕月夜の静かな空に、かすかな光が差し込む中、虫たちの鳴き声がより一層はっきりと聞こえてきた。

「虫しぐれって、昔から好きだったわ。若いころは、この音を聞くと秋の訪れを感じて、なんだか寂しくもあったけど、今は懐かしいわね…」祖母は目を閉じ、虫たちの音に耳を傾けた。

「おばあちゃん、この村もすっかり秋になったよ。稲ももうすぐ刈り取られるし、萩の花もきれいに咲いてる。おばあちゃんの大好きな吉祥草(きちじょうそう)も咲いてたよ」と美香は、優しく声をかけた。

「そうなの…」祖母は微笑みながら、目を閉じたまま聞いていた。

そのとき、空がさらに暗くなり、名月が山の向こうからゆっくりと顔を出した。大きく、輝かしいその光が、秋の田や草むら、そして美香と祖母のいる縁側を照らし始めた。月の光はまるで、二人を包み込むように柔らかで、美しかった。

「名月が出たわよ、おばあちゃん」美香は、そっと祖母に囁いた。

祖母はゆっくりと目を開け、名月を見上げた。「本当に…きれいな月ね。こんなに美しい名月を見るのは、久しぶりかもしれないわ」

月の光に照らされた庭には、猿の腰掛けがひっそりと生えている。木の根元に並ぶその姿は、時の流れを物語るように静かで、秋の夜の冷たさを感じさせた。

「この村も、これからまた変わっていくんだろうね…」美香はぼんやりと呟いた。祖母が育ててきた田畑や、家族の歴史が刻まれたこの土地も、いつかは新しい時代に移り変わるだろう。

「そうね。でも、月は変わらずに私たちを見守ってくれるわ」と祖母は静かに答えた。

美香は、祖母の言葉を聞きながら、胸に何か温かいものが広がっていくのを感じた。名月の光は、二人の間にある時間や記憶を繋ぎ、虫たちのしぐれがその音色を奏で続けていた。

秋の夜は深まっていき、月はますます輝きを増していく。


9月18日 俳句季語

名月



男郎花

秋の田

虫しぐれ

かまつか

枯蟷螂

露けし

猿の腰掛

秋日和

水澄む

吉祥草

名月

虫時雨

秋日和

台風

臥し待ち月

夕月夜
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