季節の織り糸

秋の風に包まれて

秋の風に包まれて

9月11日。秋が少しずつ色づき始めるこの季節、村の景色はまるで絵画のように美しく、穏やかな時間が流れていた。秋祭りの準備が進む中、天気予報では台風の接近が報じられ、人々はその動向に一喜一憂していた。

村の広場では、数人の子供たちが宮相撲の稽古をしていた。男の子たちの勇ましい声と、どっしりとした体をぶつけ合う音が響く。その一方で、畑では農夫たちが二百十日の厄日を控え、風害に備えて作物の管理に余念がなかった。唐辛子や紫蘇の実、小豆が畑に干され、陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。

辺り一面の花野では、新涼の風が心地よく吹き抜けていた。風は穏やかに湿り気を帯び、草花の間を通り抜けていく。露けし朝露が、草泊に包まれた昆虫たちの姿を照らし出し、その中には一匹のかまきりがじっとしていた。鋭い鎌のような前足を構え、獲物を狙うその姿は、自然界の厳しさと美しさを象徴しているかのようだった。

田んぼの脇の小川では、鰍がゆらゆらと泳ぎながら小さな波を立てている。子供たちは、その鰍を捕まえようと水辺で遊んでいたが、素早く逃げる魚たちに苦戦していた。秋の蚊も少しずつ姿を見せ始め、子供たちは手で払いつつも無邪気な笑顔を浮かべていた。

その頃、村の広場では秋祭りの準備が着々と進んでいた。屋台が並び始め、焼き芋や菊膾の香りが辺りに漂っていた。特に目を引いたのは、大きな鉄鍋で煮られている芋の子汁の香りだった。村の人々は、この時期になると決まってこの汁を味わい、秋の訪れを感じるのが恒例となっていた。

その日は、新涼が心地よく、秋の風物詩を感じるには絶好の日和だった。しかし、台風の影響で空は次第に曇り始め、風も少し強くなってきた。村人たちは、その風の音に耳を澄ましながらも、祭りの準備を急いで進めていた。小豆を干す音がリズミカルに響き、唐辛子の赤が一層鮮やかに見える。

夕暮れになると、祭りの賑わいは最高潮に達した。提灯の明かりがぼんやりと揺れ、子供たちの笑い声と大人たちの談笑が重なり合う。その中で一人の老人が、秋の風に吹かれながら静かに座っていた。彼は長年この村に住んでおり、毎年の秋祭りを見守ってきた。

老人の前に、一匹のかまきりが現れた。かまきりは、その鋭い鎌を動かして周囲を警戒しているようだった。老人はその姿を見て、ふと子供の頃のことを思い出した。彼もかつては、こうして虫を捕まえたり、祭りに参加したりしていたのだ。

「自然というのは、本当に不思議だねぇ」と、老人は独り言をつぶやいた。「この村も、こうして長く続いてきたんだ」

その言葉が風に乗り、静かに流れていった。やがて夜が訪れ、提灯の明かりがさらに強く輝き始めた。村全体が暖かな光に包まれ、台風の接近を忘れるかのように人々は楽しんでいた。

しかし、夜半に入ると風はさらに強まり、雨も降り始めた。老人は傘をさしながら自宅へと帰ろうとしたが、足元にはぬかるんだ地面が広がっていた。村の人々も、雨宿りをしながら祭りの終わりを惜しんでいた。

その翌朝、台風は去り、青空が広がった。風はすっかりと止み、露に濡れた草花たちが陽の光を浴びて輝いていた。かまきりも、露けしの中で新しい一日を迎えていた。村の広場には、祭りの残骸が散らばっていたが、人々はその掃除をしながらも笑顔を絶やさなかった。

老人は再びその場所に立ち、祭りの夜の賑わいを思い返していた。「台風が来ても、こうしてみんなで乗り越える。それがこの村の強さだ」と、彼は心の中で呟いた。

そして、老人はふと見上げた。空にはまだ、露が光っていた。その一瞬に、彼は自然の持つ力強さと美しさを再認識したように感じた。秋の風がまた一度、村を包み込んでいった。彼はその風に身を任せ、心の中で来年の秋祭りを楽しみにする気持ちを育てていた。

おわり


***


9月11日　俳句季語

台風

花野

新涼

秋祭

かまきり

露

露けし

草泊

鰍

秋の蚊

紫蘇の実

菊膾

小豆干す

宮相撲

唐辛子

芋の子

二百十日