季節の織り糸

人恋しさ

「人恋しさ」

秋の夕暮れは、少しずつ肌寒くなる空気と共に、何とも言えない寂しさを運んでくる。夏の喧騒が嘘のように静まり、街の灯りがぼんやりと灯る頃、私はいつも一人で帰路につく。空は茜色に染まり、やがて深い紺色へと変わっていく。日が短くなるこの季節は、まるで私の心の奥底にある何かを揺さぶるかのようだ。

大学を卒業してから数年。日々の仕事に追われ、誰かと会うことも少なくなった。以前は毎週末のように友人と集まって飲み会を開いたり、カフェでおしゃべりをしたりしていた。しかし、仕事が忙しくなるにつれて、その回数も次第に減っていった。気づけば、休日を一人で過ごすことが当たり前になっていた。

「今日は誰かに会いたいな」

ふと、そんな思いが胸をよぎる。特に何か理由があるわけでもない。ただ、人の声が聞きたい、人の温もりが恋しい。そんな漠然とした思いが、冷えた風と共に心の中に広がっていく。

駅に着くと、人々が忙しなく行き交っていた。誰もが自分の帰るべき場所へと急ぎ、時折楽しげに笑い声を上げている。カップルや家族連れの姿が目に入り、その幸せそうな光景が私の胸を少し締め付けた。

「そうだ、誰かに連絡してみようかな」

スマートフォンを取り出し、連絡先を眺める。久しぶりに名前を見た友人たちの顔が浮かんできた。しかし、どの名前をタップするべきか迷う。連絡を取っていない時間の長さが、私の指を鈍らせる。いざとなると、何を話せばいいのかわからないのだ。たとえメッセージを送ったとしても、急に誘われても困るだろうし、断られるのも怖かった。

結局、誰にも連絡せず、スマートフォンをポケットに戻す。いつの間にか、誰かに頼ることすらも億劫になってしまった自分が情けなくて、ほんの少しだけ笑ってしまった。そうして、自分の孤独さを再認識する。

家に帰る途中、いつもは通らない路地に足を向けた。そこには小さな古本屋があり、店内の薄暗い明かりが漏れている。ふと立ち寄ってみようと思い、ドアを押すと、かすかな鈴の音が響いた。

「いらっしゃいませ」

静かな声が店内に響く。店主は小柄な初老の男性で、厚いメガネの奥からこちらを見つめていた。客は私一人だけだった。店内は古い木の香りが漂い、ところ狭しと並ぶ本の背表紙が心地よい安心感を与えてくれる。

棚を眺めていると、一冊の詩集が目に留まった。著名な詩人の名前が表紙に書かれていて、どこか懐かしさを覚える。手に取ってみると、軽い埃が舞い、古い紙の感触が指先に伝わってきた。

ページをめくると、ふと目に入った詩が心に響いた。詩の内容は、まさに今の私の気持ちそのものだった。人恋しさを抱えた一人の詩人が、誰かに会いたくてたまらない、そんな気持ちを言葉にしていた。

「人恋しい、ただそれだけでいい」

たった一行の詩が、私の心の奥底に染み渡る。人恋しさという感情が、こんなにも切実で、それだけで価値があるものだと気づかされた気がした。誰かといることの幸せ、一緒に過ごす時間の温かさ。そうしたものが、今の私には足りていなかった。

本をそっと棚に戻し、店主に一言挨拶をして店を出た。冷たい風が吹き、薄暗くなった空を見上げる。秋の夕暮れは、まだまだ続いている。

家に戻ると、真っ暗な部屋が迎えてくれた。玄関の電気をつけ、部屋の中を見回す。どこにでもある普通の一人暮らしの部屋だが、今日は特にその静けさが身に染みる。カーテンを引き、窓から見える夜景を眺めた。遠くの街の灯りが、静かに瞬いている。

「誰かに会いたいな」

再びそんな思いが胸に込み上げる。けれど、今日はもう遅い。明日になれば、この人恋しさも少しは和らぐかもしれない。そんな風に自分に言い聞かせながら、私は静かにソファに座り、テレビをつけた。何でもないバラエティ番組の音が部屋に響き、少しだけ孤独が和らいだ気がした。

人恋しい。そんな気持ちを抱えながら、私は今日もまた一人の夜を過ごす。でも、いつかまた誰かと一緒に過ごす日が来ることを信じて、明日も頑張ろうと思う。秋の夜は、まだまだこれからだ。