季節の織り糸

「白露の庭」：健太郎の視点

「白露の庭」：健太郎の視点

雅子が庭を歩きながら鳳仙花に見入る姿を、健太郎は静かに見つめていた。今はもう彼女の隣に立つことはできないが、いつも彼女の側にいるような気持ちで見守っている。雅子が庭を手入れしている姿を見るたび、健太郎は胸が温かくなり、自分がいなくなってもこの庭を大切にしてくれていることに感謝していた。

健太郎は、生前この庭を愛していた。春に芽吹く新緑、夏の暑さに耐える草花、秋の美しい紅葉、そして冬の静かな雪景色――そのすべてが彼にとって宝物だった。特に鳳仙花は、彼にとって特別な存在だった。幼い頃、母が育てていた鳳仙花の美しさに魅了され、それがいつしか彼の心に深く刻まれたのだ。その花を雅子と共に育てることが、彼らの小さな幸せの一つだった。

今、雅子が静かに杖をつきながら歩く姿を見て、健太郎は心の中で彼女に話しかける。「雅子、頑張ってくれてるね。ありがとう。」健太郎の心は、感謝と愛情で満たされていた。彼は雅子の隣に立っているように感じながら、彼女の肩をそっと撫でるつもりで手を伸ばしたが、その手は届かない。だが、それでも良かった。雅子が庭を愛し、彼との思い出を大切にしてくれていることが、健太郎にとっては何よりも嬉しいことだった。

雅子がふと足を止め、月夜茸を見つめる姿に、健太郎の記憶がよみがえる。あの月夜の散歩、二人で手を繋いで庭を歩いた時間。雅子が「綺麗ね」と言う度に、健太郎は彼女の横顔を見て、心の中で「君の方がずっと綺麗だよ」と呟いていた。言葉にすることはなかったが、健太郎はいつも雅子の存在に感謝していた。彼女と過ごす時間が、彼にとっての癒しであり、生きる喜びだった。

白露の朝、健太郎は庭を見守りながら、雅子が微笑むのを感じた。その笑顔が、何よりも彼の心を温かくした。彼はもう声を出すこともできないが、雅子に向ける気持ちは変わらない。どんな時も、どこにいても、彼は雅子の側にいるつもりでいた。そして雅子が「私はまだまだ頑張るから」と呟くのを聞いて、健太郎は心の中で応えた。

「僕も一緒にいるよ。ずっと、これからも。」

健太郎の視点を通じて、雅子との深い絆が改めて浮かび上がる。彼の想いは、雅子の中で静かに生き続けている。二人の間に流れる見えない時間と、共有した日々の記憶が、この庭でいつまでも息づいているように感じた。健太郎は雅子が庭の奥へと歩みを進めるのを見届け、白露の朝に誓った。これからもずっと、雅子の側で見守り続けると。