季節の織り糸

春秋花壇

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秋高し

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「秋高し」

9月4日の夜、空はまるで無限に広がるキャンバスのように星々で彩られていた。銀河が鮮やかに浮かび上がり、天の川は秋の夜空を横切る帯となって輝いている。空気は澄み渡り、秋冷が心地よく肌を撫でる。街の喧騒も遠くに感じられ、秋の深まりを告げる虫の音が響いていた。

亮太は、小さな田舎町で育った。今でもそこに住み、日々の農作業に追われている。夏が終わり、秋が始まると同時に、亮太は自然と向き合う時間が増えるのが常だった。今年も例外ではなく、彼は早朝から畑に出て、稲の収穫の準備をしていた。しかし、この秋は少し特別だった。長引く天候不順で、稲の生育は芳しくなかったのだ。凶作の予兆があちこちでささやかれ、亮太の心にも不安が広がっていた。

その日も、亮太は秋の野を歩いていた。木槿の花がひっそりと咲き、露が葉を湿らせている。秋蛙の声が遠くから聞こえ、耳を澄ませば、風が盆地を抜けていく音が微かに響いた。亮太は足を止め、ふと空を見上げた。夜は長くなり、秋高しとでも言うべき美しい星空が広がっている。彼の目はしばらくの間、銀河のきらめきに奪われていた。

「秋めくなぁ…」

亮太は独り言を呟いた。この季節には、何かしら心が落ち着くものがあった。葡萄の甘い香りが風に乗り、近所の家からは炭火で焼かれる秋刀魚の匂いが漂ってくる。彼の祖父母も、こんな風に秋を感じながら生きていたのだろう。そんな日々がずっと続くと思っていたが、現実はそう甘くはない。

この時期になると、猿酒の話が町内でよく語られる。猿たちが果実を発酵させて酒を作るという奇妙な伝承だが、亮太はそれを信じることはなかった。ただ、その話を聞くたびに、自然の豊かさと不可思議さを改めて感じさせられるのだった。

町内の老人たちは、秋の訪れを祝い、風の盆で踊る姿が見られることもあった。だが、今年はその楽しみも影を潜めている。人々の表情には、心なしか不安が漂っていたからだ。亮太もまた、その空気を感じていたが、彼には何ができるのかがわからなかった。

その夜、亮太は自分の家の縁側に座り、一人で考え込んでいた。夜空はますます深まり、星々はさらに輝きを増している。彼の隣には、田村草の鉢が置かれていた。祖父が残したもので、亮太が小さい頃からずっと育て続けているものだ。田村草の葉が秋の風に揺れ、彼はその様子をじっと見つめていた。

「どうして、こんなに秋は寂しいんだろうな」

亮太は静かに呟いた。秋は美しいけれど、その美しさの中にはどこか物悲しさが漂っている。祖父母も両親もいないこの家で、亮太は一人で暮らしている。豊作の年も、凶作の年も、彼はただ黙々と農作業を続けるしかなかった。そんな彼にとって、この季節の移ろいは、時折心に染み入るものがあった。

亮太はそっと田村草の葉を撫でた。葉は露でしっとりと濡れている。彼はふと、祖父が生前に話していたことを思い出した。

「秋は収穫の時期やけど、それだけやない。自然と向き合う時期でもあるんや」

亮太はその言葉を噛み締め、空を見上げた。天高し、まるで無限の彼方まで広がるかのような秋の空に、彼は少しだけ未来の希望を感じた。凶作でも、辛いことがあっても、亮太はこの土地で生きていくしかない。それでも、秋の夜長にこうして星を眺めていると、不思議と心が落ち着くのだった。

「来年はどうなるかな…」

亮太は静かに呟き、立ち上がった。露で濡れた地面を踏みしめ、家の中に戻ると、暖かい湯気が立つ茶を注いだ。秋刀魚を焼く香りが再び鼻をくすぐり、彼は自然と微笑んだ。小さな幸せが、少しずつ心に積み重なっていく。秋は、そんな日々を静かに見守ってくれているようだった。

亮太はその夜も、銀河を眺めながら穏やかな時間を過ごした。秋は、ただの季節ではなく、彼にとっては生きるための指針を与えてくれるものなのかもしれない。そう思いながら、亮太は静かに目を閉じた。夜はまだまだ長く、秋の深まりはこれからも続いていく。


9月4日

銀河

天高し

夜長

秋の野

秋刀魚

天の川



葡萄

風の盆

凶作

木槿

秋蛙

猿酒

田村草

秋冷

秋めく



秋高し
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