季節の織り糸

春秋花壇

文字の大きさ
上 下
41 / 359

震災忌

しおりを挟む
震災忌

9月2日。日本中の空が高く澄み渡る秋の日だった。サクラは、毎年この日が近づくと、胸に重くのしかかる感情を感じる。震災からもう何年も経ったが、あの時の記憶は彼女の中で未だに鮮明に残っていた。

サクラはその日、三人の娘たちと一緒に郊外の小さな町にある祖父母の家を訪れていた。秋の風が心地よく、銀河が夜空に広がる頃、彼女は祖父母の家の庭で子供たちと過ごすのが常だった。秋高しといわれるこの季節、夜長を感じながら、サクラは長女ハルに星座の話を聞かせていた。

「ママ、あれが流れ星かな?」と、5歳のハルが天を指差す。サクラは微笑んで頷き、娘の小さな手を握った。

「そうかもね。願い事をすれば、叶うかもしれないよ。」

その夜、鈴虫の鳴き声が庭に響き、秋の雲が静かに流れていった。祖母は台所で、今が旬のさんまを焼いていた。香ばしい香りが鼻をくすぐり、サクラは子供たちとともに夕食の支度を手伝うために台所に向かった。

「さんま、いい匂いだね。食べるのが楽しみ。」次女のヒナが嬉しそうに言った。

「そうだね、秋の味覚だものね。」とサクラは答えながら、ふと窓の外を見た。秋燕が軒下に巣を作り、忙しそうに飛び回っていた。

夜が更けると、サクラは子供たちを寝かせた後、一人で庭に出た。風の盆の踊りが聞こえるわけではないが、静かな夜の空気の中で、彼女は故郷の風景を思い出していた。その土地も震災で大きな被害を受け、彼女の記憶には痛みとともにその光景が刻まれている。

「あの時、みんな無事でいてくれて良かった…」サクラは思わず呟いた。震災の時、彼女はまだ子供で、家族とともにその恐怖を乗り越えた記憶がある。今は母となり、彼女自身が子供たちを守る立場になった。あの日の恐怖と、家族を守りたいという強い願いが、サクラの中で新たな決意へと変わった。

次の日の朝、庭の朝顔が咲いていた。サクラはそれを見つけると、子供たちを呼び寄せた。

「見て、朝顔が咲いたよ。」と、サクラが嬉しそうに声をかけると、子供たちは歓声をあげた。

「きれい!これ、ママが植えたの?」と、三女のミクが小さな手で花を触れそうにした。

「そうよ。でもね、朝顔がこんなにきれいに咲くのは、みんなのおかげだよ。みんなが毎日水をあげてくれたからね。」サクラは優しく言いながら、子供たちの頭を撫でた。

その後、サクラは祖父母とともに庭の手入れをしていた。祖父が庭の隅で胡桃を拾い上げ、手の中で転がして見せてくれた。

「これでまた、美味しい胡桃餅が作れるぞ。」祖父が微笑んで言った。

「楽しみだなぁ。」と、サクラも笑顔を返す。

しかし、その日の午後、突然の高潮が町を襲った。サクラは慌てて子供たちを連れて家の中に避難した。雨と風が激しくなり、外の状況が一変した。サクラは窓越しに、荒れ狂う波を見つめながら、不安を感じずにはいられなかった。

「大丈夫、すぐに収まるから。」祖母がサクラに声をかけるが、その表情にはわずかな不安が見えた。

嵐が去り、夕方になると、外は静けさを取り戻していた。震災忌のこの日、サクラは再び流れ星を見上げ、思わず手を合わせた。

「どうか、みんなが無事でいられますように。」

白秋の頃、秋の潮が満ちる中で、サクラは家族の安全を祈るばかりだった。彼女にとって、家族とは何よりも大切な存在だった。震災で失うことの恐ろしさを知っているからこそ、その願いは一層強くなる。

翌朝、家族は無事に新しい一日を迎えた。秋燕が再び空を舞い、朝顔が美しく咲き続けた。サクラはこの日を、家族とともに静かに過ごした。震災忌のこの日を迎えるたびに、彼女は家族の絆を感じ、日々の大切さを再確認するのだった。


***


9月2日

銀河

秋高し

夜長

秋の雲

さんま

鈴虫

秋高し

秋燕

風の盆

高潮

流れ星

白秋

秋の潮

胡桃

秋燕

朝顔

鎌柄

震災忌
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

春秋花壇
現代文学
注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

生きる

春秋花壇
現代文学
生きる

憂鬱症

九時木
現代文学
憂鬱な日々

陽だまりの家

春秋花壇
現代文学
幸せな母子家庭、女ばかりの日常

ギリシャ神話

春秋花壇
現代文学
ギリシャ神話 プロメテウス 火を盗んで人類に与えたティタン、プロメテウス。 神々の怒りを買って、永遠の苦難に囚われる。 だが、彼の反抗は、人間の自由への讃歌として響き続ける。 ヘラクレス 十二の難行に挑んだ英雄、ヘラクレス。 強大な力と不屈の精神で、困難を乗り越えていく。 彼の勇姿は、人々に希望と勇気を与える。 オルフェウス 美しい歌声で人々を魅了した音楽家、オルフェウス。 愛する妻を冥界から連れ戻そうと試みる。 彼の切ない恋物語は、永遠に語り継がれる。 パンドラの箱 好奇心に負けて禁断の箱を開けてしまったパンドラ。 世界に災厄を解き放ってしまう。 彼女の物語は、人間の愚かさと弱さを教えてくれる。 オデュッセウス 十年間にも及ぶ流浪の旅を続ける英雄、オデュッセウス。 様々な困難に立ち向かいながらも、故郷への帰還を目指す。 彼の冒険は、人生の旅路を象徴している。 イリアス トロイア戦争を題材とした叙事詩。 英雄たちの戦いを壮大なスケールで描き出す。 戦争の悲惨さ、人間の業を描いた作品として名高い。 オデュッセイア オデュッセウスの帰還を題材とした叙事詩。 冒険、愛、家族の絆を描いた作品として愛される。 人間の強さ、弱さ、そして希望を描いた作品。 これらの詩は、古代ギリシャの人々の思想や価値観を反映しています。 神々、英雄、そして人間たちの物語を通して、人生の様々な側面を描いています。 現代でも読み継がれるこれらの詩は、私たちに深い洞察を与えてくれるでしょう。 参考資料 ギリシャ神話 プロメテウス ヘラクレス オルフェウス パンドラ オデュッセウス イリアス オデュッセイア 海精:ネーレーイス/ネーレーイデス(複数) Nereis, Nereides 水精:ナーイアス/ナーイアデス(複数) Naias, Naiades[1] 木精:ドリュアス/ドリュアデス(複数) Dryas, Dryades[1] 山精:オレイアス/オレイアデス(複数) Oread, Oreades 森精:アルセイス/アルセイデス(複数) Alseid, Alseides 谷精:ナパイアー/ナパイアイ(複数) Napaea, Napaeae[1] 冥精:ランパス/ランパデス(複数) Lampas, Lampades

日本史

春秋花壇
現代文学
日本史を学ぶメリット 日本史を学ぶことは、私たちに様々なメリットをもたらします。以下、そのメリットをいくつか紹介します。 1. 現代社会への理解を深める 日本史は、現在の日本の政治、経済、文化、社会の基盤となった出来事や人物を学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、現代社会がどのように形成されてきたのかを理解することができます。 2. 思考力・判断力を養う 日本史は、過去の出来事について様々な資料に基づいて考察する学問です。日本史を学ぶことで、資料を読み解く力、多様な視点から物事を考える力、論理的に思考する力、自分の考えをまとめる力などを養うことができます。 3. 人間性を深める 日本史は、過去の偉人たちの功績や失敗、人々の暮らし、文化などを学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、人間としての生き方や価値観について考え、人間性を深めることができます。 4. 国際社会への理解を深める 日本史は、日本と他の国との関係についても学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、国際社会における日本の役割や責任について理解することができます。 5. 教養を身につける 日本史は、日本の伝統文化や歴史的な建造物などに関する知識も学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、教養を身につけることができます。 日本史を学ぶことは、単に過去を知るだけでなく、未来を生き抜くための力となります。 日本史の学び方 日本史を学ぶ方法は、教科書を読んだり、歴史小説を読んだり、歴史映画を見たり、博物館や史跡を訪れたりなど、様々です。自分に合った方法で、楽しみながら日本史を学んでいきましょう。 まとめ 日本史を学ぶことは、私たちに様々なメリットをもたらします。日本史を学んで、自分の視野を広げ、未来を生き抜くための力をつけましょう。

聖書

春秋花壇
現代文学
愛と癒しの御手 疲れ果てた心に触れるとき 主の愛は泉のごとく湧く 涙に濡れた頬をぬぐい 痛む魂を包み込む ひとすじの信仰が 闇を貫き光となる 「恐れるな、ただ信じよ」 その声に応えるとき 盲いた目は開かれ 重き足は踊り出す イエスの御手に触れるなら 癒しと平安はそこにある

老人

春秋花壇
現代文学
あるところにどんなに頑張っても報われない老人がいました

処理中です...