季節の織り糸

秋の風に揺れて

秋の風に揺れて

「文月が来ると、もうすぐ盆の月ですね。」

律子は、窓辺に咲く朝顔を見つめながら、ふとつぶやいた。その言葉に、隣に座る俊也が笑いながら返事をした。

「うん、そうだね。鬼灯も赤くなるし、法師蝉の声が夏の終わりを告げるね。」

二人は、この小さなカフェで毎週のように会うのが習慣になっていた。外の景色は秋が近づいている証拠に、少しずつ変わり始めていた。カフェの中も、秋の装飾が施され、温かい色合いで包まれていた。

律子は、窓の外の庭に目を向けながら、ふと思い出す。実家の庭では、毎年この時期になると家族全員で墓参をしていた。あの頃は、秋暑しの中でも賑やかで、家族の笑い声が響いていた。だが、今はそれが遥か遠い記憶となっている。

「そういえば、最近八月の残暑が厳しいですね。」俊也がつぶやいた。

「ええ、そうですね。でも、蕎麦の花が咲くと、秋の訪れを感じます。」

律子は、少し寂しそうな笑顔を見せた。俊也は、彼女の気持ちを察し、手をそっと握った。

「新豆腐の滑らかさや、無花果の甘さも、秋の深まりを感じさせますね。」

「そうですね。秋の薔薇が咲くと、ほんの少しだけ心が温かくなります。」

律子は、懸煙草の香りを思い出すと、いつもこのカフェでのひとときを思い起こす。かつて、彼女の家族が一緒に過ごしたこの季節の思い出は、今では彼女の心の中で静かに息づいている。

「俊也さん、秋の野萩が好きですか？」律子が問いかける。

「うん、好きだよ。野萩の優しい色合いが、心を落ち着けてくれるから。」

律子は、彼の言葉に微笑みながら、手のひらにそっと触れる。俊也の温かさが、彼女の心に染み渡るようだった。

「私も、野萩の淡い色合いが好きです。おかげで、気持ちが和らぎます。」

「それは良かった。律子さんが穏やかでいられることが、一番大切だから。」

二人は、静かに微笑み合いながら、秋の夜を迎えようとしていた。カフェの窓からは、秋の風に揺れる木々が見え、彼らの心に静かな安らぎをもたらしていた。

「秋の夜は、きりぎりすの声でいっぱいになるよね。」俊也が言う。

「ええ、その声を聞くと、自然と心が落ち着くんです。」律子が答えた。

二人は、そのまま静かに過ごし、秋の夜の静けさに包まれた。律子は、俊也の存在が、彼女の過去の記憶や寂しさを癒してくれることを感じていた。彼と一緒にいることで、過去の悲しみも少しずつ和らいでいくようだった。

「律子さん、僕と一緒にこれからの秋を過ごしませんか？」

俊也が真剣な目で見つめながら言うと、律子は少し驚きながらも、心からの笑顔を浮かべた。

「はい、一緒に過ごしましょう。秋の風ときりぎりすの声に包まれて、心温まる時間を共有したいです。」

二人は、静かに手をつなぎ、秋の夜風に揺れる街を歩きながら、新たな思い出を紡いでいくことに決めた。秋の深まりとともに、彼らの心も徐々に暖かくなり、未来に希望を見いだすことができたのだった。