ギリシャ神話

創作

永遠の月

永遠の月

物語の舞台は、神々が住むオリンポス山。冷たい夜風が吹くその地で、月の女神セレーネは静かに佇んでいた。銀の髪が夜空に溶け込むように揺れ、青白い光が彼女の周りを優しく包む。彼女の横には息子、エンドュミオンが横たわっている。永遠の眠りに就いた彼は、変わらぬ美しさを保ったままだ。

セレーネは、毎夜息子の元を訪れる。彼女の心を貫くのは、母としての深い愛と、息子のために選んだ運命への葛藤だ。エンドュミオンは、人間でありながらも美しい外見と心を持ち、セレーネにとってかけがえのない存在だった。しかし、人間であるがゆえに、彼はいつか死を迎える運命にあった。

「もし、私の力で息子を永遠に生かすことができたなら……」

その思いがセレーネを動かした。ゼウスに願いを託し、彼女はエンドュミオンに永遠の眠りを与えることを望んだ。眠りの中で老いることなく、美しさも失わない彼の姿を見守りたい、そう願ったのだ。ゼウスはその願いを叶えたが、代償として、セレーネは二度と息子と話すことも、触れることもできなくなった。

毎晩、セレーネは息子の眠る姿を見つめ続ける。彼の額にそっと手を差し伸べるが、その手は空を切る。母としての愛は、深い痛みとともに彼女を蝕む。彼女の息子は永遠に美しいままだが、眠り続ける限り二度と目を覚ますことはない。

「エンドュミオン……私の愛しい息子……」

彼女は小さな声で呟くが、彼の耳に届くことはない。夜空を飾る星々も、月の光を浴びる大地も、すべてが静まり返っている。彼の微笑む顔がそこにあるだけだ。

ある晩、セレーネは心の中で葛藤し始める。この選択が本当に正しかったのか。彼を永遠に眠らせることで、彼は何を失ったのか。彼の人生を奪ってしまったのではないかという思いが、セレーネの心を重くした。しかし同時に、彼が老いることなく、美しい姿のままでいることができるという安堵感もあった。

「私は、息子を守るためにこれを選んだ。でも、果たしてそれが本当に彼のためだったのか……」

セレーネはその答えを見つけることができず、ただ息子の眠る姿を見つめ続ける日々が続いた。しかし、その夜、彼女は一つの決意を固める。息子への深い愛が、彼女を新たな行動へと駆り立てた。

セレーネはオリンポスの神々に再び助けを求めることを決心する。息子に自由を与えるために、彼女はもう一度ゼウスの前に立つ覚悟を決めた。母としての愛は、永遠に眠らせることではなく、彼に本当の生を与えることにあると気づいたからだ。

「ゼウス、お願いです。もう一度息子を目覚めさせてください。そして、彼が自らの人生を生きることを許してください。」

ゼウスはセレーネの願いを聞き入れたが、条件を付けた。エンドュミオンが目覚めた時、彼は老いることなく生きるか、あるいは人間として生き続けるか、どちらかを選ばなければならなかった。

エンドュミオンが目を覚ました瞬間、母セレーネの姿が彼の目に映った。彼の瞳には、母への感謝と愛情が溢れていた。彼は選んだ。彼は人間として生きることを決意し、限られた時間の中で自らの人生を歩むことを望んだのだ。

「母さん、ありがとう。僕は自分の人生を生きるよ。」

セレーネはその言葉を聞き、涙を流した。しかし、その涙は悲しみのものではなかった。息子が自らの選択で生きることを選んだことを、母として誇りに思ったからだ。

こうしてエンドュミオンは母セレーネの愛を胸に、人間としての限られた時間を生き抜く道を歩み始めた。母と息子の絆は、神々の世界を超えて、永遠に続いていくことを、セレーネは知っていた。