ギリシャ神話

創作

ハーベストムーンの約束

「ハーベストムーンの約束」

古代ギリシャ、秋の訪れを告げるハーベストムーンが夜空に浮かんでいた。まばゆい月光が黄金の麦畑を照らし、穏やかな風が穀物を揺らしていた。村人たちは、この月の光が豊かな収穫を約束すると信じ、収穫祭の準備に忙しかった。しかし、その裏で人々の知らないところに、ひとつの神話が隠されていた。

月明かりの下、山の奥深くに住む少女セレーネは、満月を見るたびに心がざわついていた。彼女は農業の神デメテルに仕える巫女であり、ハーベストムーンの時期に穀物の豊作を祈る役割を担っていた。しかし、セレーネには人々に隠された秘密があった。

彼女は幼いころから、夜ごと夢の中で不思議な男に会っていた。その男は美しく、冷たくも優雅な顔立ちで、まるで夜そのものを体現したかのような存在だった。彼の名はアルテリオン。彼は月の神アルテミスの弟で、夜の使者として知られていた。しかし、アルテリオンは神々の間でも謎めいた存在であり、セレーネ以外の誰も彼の姿を見たことがなかった。

「セレーネ、また会えたね。」その夜も、彼女の夢の中でアルテリオンがささやいた。

「どうして毎晩私の夢に現れるの？」セレーネは問いかける。彼の存在が神秘的でありながら、なぜか心が引きつけられるのを感じていた。

アルテリオンは微笑んだ。「君と私は、運命によって結ばれているんだ。ハーベストムーンが満ちるたび、僕たちの絆は深まっていく。」

セレーネは困惑した。運命の結びつきとは一体何を意味するのか？彼女はデメテルに仕える身であり、神々の許しなくしては他の存在に心を寄せることは許されない。それに、彼女自身がこの奇妙な夢の正体を知りたかった。

「それなら、なぜ現実では会えないの？」セレーネは勇気を振り絞って尋ねた。

アルテリオンは一瞬、悲しげな表情を見せた。「僕は夜の神であり、君は日の巫女。僕たちは永遠に交わることが許されない存在なんだ。」

その言葉に、セレーネの心は痛んだ。彼の言葉には真実が含まれているようで、運命のいたずらが二人を引き裂いているのだと感じた。

だが、その瞬間、アルテリオンは彼女に提案した。「ただ一つ、僕たちが会える方法がある。ハーベストムーンの夜、君が豊穣の祈りを捧げるとき、僕は月の光を通じてこの世界に現れることができるかもしれない。」

「本当に？」セレーネは驚きと期待に胸を膨らませた。彼と現実で会えるのなら、それはどれほど素晴らしいことだろうか。

「ただし、代償もある。」アルテリオンは真剣な表情で告げた。「僕がこの世界に現れるためには、君が自分の最も大切なものを捧げなければならない。それが君の魂であれ、信仰であれ。」

セレーネは考え込んだ。デメテルに仕える巫女としての役割を果たすことは、彼女にとって重要な使命だった。だが、アルテリオンとの出会いが彼女の心をかき乱していた。夢の中で彼に会うたびに、現実の世界が薄れていくように感じていた。

そして、ついにハーベストムーンの夜が訪れた。村人たちは収穫の祭りを楽しみ、セレーネは神聖な儀式を執り行う準備をしていた。彼女は心の中で葛藤していたが、アルテリオンと現実で会いたいという思いがどうしても消えなかった。

夜が更け、月が最も高く昇ったとき、セレーネは祈りを捧げた。彼女の心は揺れていたが、最終的に決心した。彼女はデメテルに仕える巫女としての役割を捧げ、アルテリオンと出会うことを選んだのだ。

その瞬間、月の光が彼女を包み込み、アルテリオンの姿が現れた。彼は現実の世界に立っており、その存在感は夢の中以上に強烈だった。

「セレーネ、君の決断を尊重するよ。」アルテリオンは彼女に微笑んだ。

だが、セレーネはその微笑みの裏に悲しみが隠されていることに気付いた。彼女が最も大切にしていたもの、信仰と使命を失ったことで、もう二度と同じ世界に戻ることはできないのだ。

「これが、僕たちの運命だ。」アルテリオンは静かに言った。「君と僕は、ただ夢の中でしか会えない存在だったんだ。」

その言葉に、セレーネの心は締め付けられた。彼と出会うためにすべてを捧げたが、それが必ずしも幸せをもたらすものではなかったことを悟った。

「でも、これで終わりじゃない。」アルテリオンは優しくセレーネを抱きしめた。「僕たちは今、現実の世界で一瞬でも交わることができた。それだけで十分なんだ。」

その言葉を聞いて、セレーネは涙を流しながら彼の腕の中で静かに頷いた。そして、月光の中で二人は抱き合いながら、次のハーベストムーンまでの別れを受け入れたのだった。