ギリシャ神話

春秋花壇

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創作

エンプーサ

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エンプーサは、古代ギリシャの夜をさまよう怪物だった。片方の足は真鍮でできており、もう片方はロバの足を持つ異形の存在。その姿を見た者は恐怖に打ち震え、彼女が通り過ぎた後には、村々に不幸が訪れるとさえ言われた。

しかし、エンプーサは生まれつき悪しき存在だったわけではない。彼女はかつて、美しい人間の娘だった。彼女の名前はカリスと言い、母親と共に小さな村で平穏な日々を送っていた。カリスは慈悲深く、村人たちから愛されていた。だが、彼女の運命は、ある夜の訪問者によって一変した。

その訪問者は、ハデスとヘカテの間に生まれた半神半魔の存在だった。彼は美しいカリスを見て、彼女を自らの伴侶とすることを決意した。カリスはその申し出を拒否し、母と共に穏やかな生活を望んだが、ハデスの血を引く者はその拒絶に激怒し、彼女に呪いをかけた。

「お前は夜の闇に縛られ、飢えに苦しむだろう。そして、その飢えはただ人間の血でしか満たされないのだ。」

カリスの体は変貌し、エンプーサへと変わり果てた。昼間は身を隠し、夜になると飢えに苛まれながら人々を襲う怪物へと変わり果てたのだ。しかし、エンプーサはただの恐ろしい怪物ではなかった。彼女はかつての心を持ち続け、罪悪感に苦しみながらも、呪いの力に逆らえなかった。

ある夜、エンプーサはアテナイの街に姿を現した。その夜は新月で、闇が街を覆い、エンプーサの飢えは頂点に達していた。彼女は飢えを満たすために一人の若者を見つけ、その血を求めて近づいていった。

しかし、その若者は恐怖を感じることなく、静かにエンプーサを見つめていた。彼の名はフィロスで、哲学を学ぶ青年だった。彼はエンプーサの異形の姿にも怯むことなく、逆に彼女の目に宿る悲しみを見逃さなかった。

「あなたは本当に、ただの怪物なのでしょうか?」フィロスは静かに問いかけた。

エンプーサは驚いた。彼女の姿を見た人間はいつも恐怖におののき、逃げ惑うか石のように固まってしまうのが常だった。しかし、フィロスは逃げるどころか、彼女に優しく話しかけたのだ。

「私は…呪われた存在なのです。この飢えを抑えることができません…」エンプーサは苦しげに答えた。

フィロスはしばし考え込んだ後、言った。「ならば、私はあなたにその飢えを抑える方法を教えましょう。それには、他者の命を奪わずに済む方法があります。」

彼はエンプーサに、内面の平和と飢えに対する対抗手段として、瞑想と祈りを教えた。エンプーサは最初こそ疑念を抱いていたが、フィロスの真摯な態度に心を動かされ、その教えに従ってみることにした。

日々が経つにつれ、エンプーサの飢えは徐々に抑えられるようになった。彼女は夜の闇の中で、フィロスの教えを守りながら瞑想を続け、他者の血を求めることなく夜を過ごすことができるようになっていった。

しかし、エンプーサは永遠にその呪いから解放されることはなかった。彼女の姿は依然として異形のままであり、夜の闇の中にしか生きることができなかった。それでも、彼女はもはや無差別に人々を襲う怪物ではなくなった。

エンプーサは、その後もアテナイの街に現れ続けたが、彼女が恐れられることは少なくなった。むしろ、彼女は人々から「夜を守る者」として知られるようになり、夜の闇に潜む他の悪霊から街を守る存在として尊敬されるようになった。

エンプーサは自らの運命を受け入れながらも、フィロスとの出会いによって新たな生き方を見つけた。そして、彼女は夜の静けさの中で、遠くアテナイの街を見守り続けたのである。エンプーサの姿を見た者たちは、もはや恐怖を感じることなく、彼女に感謝の祈りを捧げるようになっていった。

(完)








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