ギリシャ神話

創作

ナーイアスの恋

ナーイアスの恋

かつてギリシャの大地に、澄んだ泉や小川が豊かに流れる森があった。そこに住むのは、水の精であるナーイアスたち。彼女たちは美しく、静かに水辺を守りながら、自然と調和して生きていた。その中でもひときわ美しいとされるナーイアス、カリスは、彼女の澄んだ瞳に映るすべての自然を愛していた。

カリスは特に一つの泉を好んでいた。それは、森の奥深くに隠れた小さな泉で、どこまでも透き通った水をたたえていた。そこに足を運ぶたびに、彼女は水面に映る自分の姿を見つめ、やがて人々の間で語り継がれる伝説に思いを馳せた。

ある日のこと、カリスはいつものように泉のほとりで水遊びをしていた。その時、ふと泉の水面に映る人影に気づいた。驚いて顔を上げると、そこには一人の若い男性が立っていた。彼の名前はペリクリス。森の近くの村に住む猟師だった。

ペリクリスは偶然この泉を見つけ、その美しさに魅了されていた。だが、それ以上に彼を引きつけたのは、カリスの姿だった。彼女の髪は銀の糸のように光り、彼女の瞳は泉の水面のように澄んでいた。ペリクリスは、その美しさに言葉を失い、ただ立ち尽くしていた。

カリスもまた、ペリクリスの優しい目に引き寄せられていた。彼の姿には、自然を愛し、敬う心が感じられたからだ。二人はお互いに惹かれ合い、やがて言葉を交わすようになった。ペリクリスはカリスに自分の村の話や、狩りの話をし、カリスは森や水の世界の美しさを語った。

その日から、二人は毎日泉で会うようになった。カリスは、ペリクリスとの時間を過ごすうちに、彼に対する思いが深まっていくのを感じていた。彼の優しさと誠実さに触れるたびに、彼女の心は温かく満たされていった。

しかし、ナーイアスであるカリスは、永遠の命を持ち、人間とは違う運命を背負っていた。彼女はそのことに心を痛めながらも、ペリクリスと過ごす時間を愛おしんでいた。

ある日、カリスはペリクリスに告げた。「ペリクリス、私はこの泉とともに生きるナーイアスです。私たちの愛は、決して永遠に続くことはできません。あなたが年老いていく中で、私は変わらぬ姿のままでいるでしょう。それがどれほど残酷なことか、あなたにはわからないでしょう」

ペリクリスは静かにカリスの手を握りしめた。「カリス、私たちの愛が永遠でなくとも、今この瞬間が真実であれば、それで十分だ。私は君と出会えたこと、君を愛せたことに感謝している」

カリスはその言葉に胸を打たれた。彼女は自分の悩みや不安を打ち明けたが、ペリクリスの深い愛に包まれ、心は軽くなった。二人はそのまま、静かに泉のほとりで抱き合い、永遠ではないけれど確かな愛を分かち合った。

月日が流れ、ペリクリスは年を重ねていったが、彼の心にはいつもカリスの存在があった。彼は狩りの合間に泉を訪れ、カリスとともに過ごす時間を何よりも大切にしていた。

やがて、ペリクリスは老衰でこの世を去った。カリスは彼の死を悲しみ、泉の水面に涙を落とした。だが、彼女の涙は泉の水と混ざり、彼の愛を永遠に刻んだ。

カリスは泉を守り続けたが、ペリクリスと過ごした日々を思い出すたびに、彼女の心には彼の優しさが蘇ってきた。彼女はいつも彼の愛を感じながら、泉のほとりで静かに微笑んでいた。

それからというもの、森を訪れる者たちは、時折、泉のほとりに立つ美しい女性の姿を見ることがあるという。その女性は、水の精ナーイアス、カリスだと伝えられ、その美しさとともに、彼女が捧げた愛の物語が今もなお語り継がれている。