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春秋花壇

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遠くから見れば、大抵のものは綺麗に見える

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遠くから見れば、大抵のものは綺麗に見える

私は、目の前に広がる東京の夜景をぼんやりと眺めていた。街の灯りが星のように煌めき、窓の外には無数の光が流れている。それがどこか遠い世界のようで、心が落ち着く。どんなに忙しくても、この一瞬の静けさだけは、私にとって大切な時間だった。

その夜も、私は一人でこの高層ビルの屋上に立ち、夜の街を見下ろしていた。空気は少し冷たく、風が髪を揺らす。その中で、私はひとしきりこの景色を楽しみながら、心の中で自分に問いかけていた。

「どうして、私はいつもこんな風に一人なのだろう。」

何度もその問いに答えようとしてきた。恋愛に対する期待や希望はあっても、どうしても踏み出せない自分がいる。遠くから見る景色は美しい。しかし、近づいてみると、何かが違うことに気づくことが多い。そんなふうに、私は恋愛をも恐れていたのかもしれない。

私の名前は梨花(りか)。25歳。若いころから恋愛に興味はあったけれど、深く付き合うことがなかなかできなかった。おそらく、それは私自身がいつも、相手を遠くから見ることに慣れてしまっていたからだろう。人間関係を築くことには、無意識のうちに壁を作ってしまう。安心感が欲しい一方で、どこかで本気になりたくない自分がいる。それが私の癖になっていた。

でも、そんな私に、ある日一人の男性が現れた。

彼の名前は悠人(ゆうと)。同じ会社で働いている、ちょっと年上の先輩だ。彼は普段から優しくて、どこか落ち着いた雰囲気を持っている。いつも冷静で、誰に対しても丁寧に接する彼は、周りからも信頼されている存在だった。私はそんな彼に、最初はただの同僚として接していた。しかし、何度か一緒に仕事をするうちに、彼の少しずつ違う一面に気づくようになった。

その日は、プロジェクトの締め切りが迫り、会社に残って仕事をしていたときだった。夜遅くまで働いていると、悠人が「一緒に上がらないか?」と声をかけてきた。普段、私は自分のペースで帰ることが多いけれど、今日は何となく彼と一緒に帰りたくなった。

「じゃあ、お言葉に甘えて。」私は微笑んで答えた。

そのまま、二人でエレベーターに乗り込み、ビルの出口に向かった。夜の街が静かに広がっていく。少しだけ歩いた先に、カフェがあった。彼が「コーヒーでもどうか?」と提案してくれたので、私は素直にうなずいた。

「久しぶりに、ゆっくり話せるね。」彼が言うと、私は少し驚きながらも頷いた。

普段、彼とは業務の話や簡単な挨拶程度しかしていなかったので、こうして二人でゆっくり話すのは初めてだった。お互いに少し照れくさい気持ちがあったが、それでも穏やかな会話が続いていった。

「最近、どうしてる?」悠人が尋ねてきた。

「まあ、普通かな。仕事が忙しいけど、特に変わりはないよ。」私は無理に答えた。

「そうか。」彼が静かに頷く。「実はさ、梨花さんってすごく冷静に見えるけど、案外繊細だよね。」

その一言が、私の胸にじわっと広がった。冷静に見える、繊細。自分で自分をどう説明していいのかわからなかったけれど、確かに私はどこかで、人に心を開くことに恐れを抱いていたのかもしれない。

「私、あんまり…他人と深く関わるのが得意じゃないんだ。」私は少し戸惑いながら言った。

「そうなの?」彼は少し驚いたような顔をしていたが、それでも優しく微笑んでいた。「でも、誰にでもそんな一面があるんじゃないか?」

彼の言葉に、私は少しだけ心が軽くなったような気がした。それはまるで、遠くから見ていたものが、少しずつ近づいて見えるような感覚だった。いつも私は、遠くから眺めていた。しかし、近づいてみると、何か新しい景色が広がっていることに気づき始めていた。

カフェを出ると、夜風が少し冷たく感じた。悠人は「寒くないか?」と心配そうに尋ねてくれた。その優しさに、私は思わず自分の胸が高鳴るのを感じた。

その後、私たちはしばらく歩きながら話し続けた。彼の言葉には、いつも安心感があり、自然と心を開けるような気がした。そして、ふと気づいた。もしかしたら、私は彼に対して、今までのように「遠くから見る」ことなく、少しずつ近づいていけるかもしれないと。

「ありがとう、今日は楽しかった。」帰り道で、私はそう言った。

悠人は微笑みながら答えた。「また、今度ゆっくり話そう。」

その言葉が、私の心に深く残った。遠くから見ることで、きれいに見えるものがある。でも、近づいてみると、それはもっと素敵で深いものだと気づいた。私はこれから、少しずつ、悠人と共にその景色を歩んでいこうと思った。

私の心は、ようやく本当の意味で彼に向かって開かれていく気がした。






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