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レイチェル・レーモンの評判
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「レイチェル・レーモンの評判」
貴族学院の昼下がり、図書室では窓から射し込む陽光が柔らかく本棚を照らしていた。私は、少しだけ背伸びをして、棚の上段にある本を手に取ろうとしていた。
「ああ、レイチェル様、危ないですよ」
後ろから声が聞こえ、振り返ると同級生のギルバートが手を伸ばし、さっと本を取って差し出してくれた。
「ありがとうございます。助かりました」
にっこりと笑って受け取ると、ギルバートも照れたように笑い返した。こんな些細なやり取りが、私が「気配りの人」と言われる所以かもしれない。
私は男爵家の娘であり、見た目も地味な方だ。けれど、学院内での評判は悪くない。それどころか、同級生や上級生、さらには教師にまで親しまれている。
その理由はおそらく、私の「立場」を弁えていることにある。
◆
学院に入学した当初、私はこの世界に馴染めないと感じていた。公爵や伯爵令嬢が当然のように中央の席に陣取り、端に追いやられる私たちの存在を顧みることはほとんどない。
ある日、貧しい家庭から学院に入った平民の少年が、伯爵家の令息に侮辱されているのを目撃した。
「君のような人間が学院にいると、品位が下がるんだよ」
その時、私は考える間もなく間に入っていた。
「品位が下がるというなら、あなたの態度の方が問題ですね」
静まり返る周囲の視線を浴びながらも、私は少年を庇った。その日から、平民の間では私の名前が知られるようになり、またそれを耳にした貴族たちは、私を「少し変わった娘」として認識するようになった。
以後も私は、必要以上に目立たない程度に「誰にでも分け隔てなく接する」ことを心がけた。
公爵家の令嬢に対しては相応の礼を払い、平民には対等の態度で接する。それが私の生き方だった。
◆
ある時、学院主催の舞踏会での出来事だった。
「レイチェル様、お茶をお持ちしました」
メイドとして働いている少女が恭しくお茶を差し出してきた。私はにっこりと受け取りながら、彼女の労をねぎらった。
「ありがとう。あなたが淹れてくれるお茶は特別美味しいの」
彼女は驚いた顔をし、それから嬉しそうに微笑んだ。その様子を見ていた他の貴族たちは、ささやき合った。
「レイチェル様って、本当に下の者にも優しいわね」
「そうね。それでいて媚びている感じがしないから不思議だわ」
このような小さな積み重ねが、私の評判を支えているのだろう。
◆
「レイチェル様は面倒見が良いよな」
休み時間、クラスメイトのマーシャが笑いながら言った。
「そうね。先生からも信頼されてるもの」
「いやいや、ただ単に目立つのが怖いだけよ。私は私の立場をわきまえてるだけ」
そう言って笑うと、皆も笑ってくれた。その瞬間、私は自分の存在が少しはこの学院に馴染んでいることを感じた。
ただし、この評判の良さは、時に厄介な状況を招くこともある。
クリストファー・オークルとの婚約破棄騒動が起きた日の夜、父に釣り書きが山のように届いた理由もそこにある。
「レイチェル、お前が学院でそんなに評判が良いとは思わなかったよ…」
頭を抱える父に、私は苦笑いしながら答えた。
「評判というのは、時に重荷になるものですね」
それでも、私は自分のやり方を変えるつもりはない。この学院で培った「誰にでも平等に接する」姿勢こそ、私が社交界で生き抜く唯一の武器だから。
そう信じている。
貴族学院の昼下がり、図書室では窓から射し込む陽光が柔らかく本棚を照らしていた。私は、少しだけ背伸びをして、棚の上段にある本を手に取ろうとしていた。
「ああ、レイチェル様、危ないですよ」
後ろから声が聞こえ、振り返ると同級生のギルバートが手を伸ばし、さっと本を取って差し出してくれた。
「ありがとうございます。助かりました」
にっこりと笑って受け取ると、ギルバートも照れたように笑い返した。こんな些細なやり取りが、私が「気配りの人」と言われる所以かもしれない。
私は男爵家の娘であり、見た目も地味な方だ。けれど、学院内での評判は悪くない。それどころか、同級生や上級生、さらには教師にまで親しまれている。
その理由はおそらく、私の「立場」を弁えていることにある。
◆
学院に入学した当初、私はこの世界に馴染めないと感じていた。公爵や伯爵令嬢が当然のように中央の席に陣取り、端に追いやられる私たちの存在を顧みることはほとんどない。
ある日、貧しい家庭から学院に入った平民の少年が、伯爵家の令息に侮辱されているのを目撃した。
「君のような人間が学院にいると、品位が下がるんだよ」
その時、私は考える間もなく間に入っていた。
「品位が下がるというなら、あなたの態度の方が問題ですね」
静まり返る周囲の視線を浴びながらも、私は少年を庇った。その日から、平民の間では私の名前が知られるようになり、またそれを耳にした貴族たちは、私を「少し変わった娘」として認識するようになった。
以後も私は、必要以上に目立たない程度に「誰にでも分け隔てなく接する」ことを心がけた。
公爵家の令嬢に対しては相応の礼を払い、平民には対等の態度で接する。それが私の生き方だった。
◆
ある時、学院主催の舞踏会での出来事だった。
「レイチェル様、お茶をお持ちしました」
メイドとして働いている少女が恭しくお茶を差し出してきた。私はにっこりと受け取りながら、彼女の労をねぎらった。
「ありがとう。あなたが淹れてくれるお茶は特別美味しいの」
彼女は驚いた顔をし、それから嬉しそうに微笑んだ。その様子を見ていた他の貴族たちは、ささやき合った。
「レイチェル様って、本当に下の者にも優しいわね」
「そうね。それでいて媚びている感じがしないから不思議だわ」
このような小さな積み重ねが、私の評判を支えているのだろう。
◆
「レイチェル様は面倒見が良いよな」
休み時間、クラスメイトのマーシャが笑いながら言った。
「そうね。先生からも信頼されてるもの」
「いやいや、ただ単に目立つのが怖いだけよ。私は私の立場をわきまえてるだけ」
そう言って笑うと、皆も笑ってくれた。その瞬間、私は自分の存在が少しはこの学院に馴染んでいることを感じた。
ただし、この評判の良さは、時に厄介な状況を招くこともある。
クリストファー・オークルとの婚約破棄騒動が起きた日の夜、父に釣り書きが山のように届いた理由もそこにある。
「レイチェル、お前が学院でそんなに評判が良いとは思わなかったよ…」
頭を抱える父に、私は苦笑いしながら答えた。
「評判というのは、時に重荷になるものですね」
それでも、私は自分のやり方を変えるつもりはない。この学院で培った「誰にでも平等に接する」姿勢こそ、私が社交界で生き抜く唯一の武器だから。
そう信じている。
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