物語のレシピ

春秋花壇

文字の大きさ
上 下
3 / 9

「物語のレシピ」3

しおりを挟む
「物語のレシピ」3

玲奈がカフェ「アルティス」を訪れた日の午後、店内は穏やかな光に包まれていた。エリオは彼女の注文を受け、しばらくキッチンで食材を準備していた。その間も、玲奈はテーブルの上のカトラリーを無意識にいじりながら、思考を巡らせていた。

エリオはやがて、手際よく一皿のスープを作り上げ、それを丁寧に女性客の前に運んできた。スープの色は温かみのあるオレンジ色で、そこには見たこともないスパイスの香りが立ち込めていた。エリオはそのスープの横に置かれたパンとともに、ゆっくりと説明を始めた。

「このスープには、いくつかの重要な食材が使われています。それぞれが、あなたの人生における一部を象徴しているんです。」

玲奈はその言葉に少し驚き、興味深げにエリオの顔を見た。

「まず、このスープのベースには、柔らかなキャベツと人参を使っています。キャベツは、あなたの優しさや柔軟さを象徴しています。どんな困難があっても、あなたは心の中で柔軟に対応し、他人を思いやる気持ちを持ち続けている。人参は、あなたの過去の経験を象徴しています。鮮やかなオレンジ色は、あたたかさと強さを感じさせる色で、あなたがこれまでどれだけの試練を乗り越えてきたかを示しているんです。」

玲奈は静かに頷き、スープを一口飲んだ。温かいスープが彼女の喉を通り、体全体にほっとした感覚を広げた。その味は予想以上に優しく、心を包み込むようだった。

「でも、ただ優しさだけでは生きていけません。」エリオは続けた。「そこで、このスープには少し辛いスパイスを加えています。これは、人生で経験する予期せぬ出来事や、乗り越えなければならない壁を象徴しています。あなたが感じてきた『辛さ』、失恋や仕事での困難――そのすべてが、このスープの中にひとひらの刺激として存在しているんです。でもその辛さがあるからこそ、スープ全体に深みが生まれるんですよ。」

玲奈はその言葉を噛み締めるように、もう一口スープを味わった。確かに、そのスパイスの辛さは一瞬強烈だったが、それが過ぎ去ると、温かさが広がり、穏やかな満足感が残った。

「そして、このスープには新鮮なトマトとハーブが加えられています。」エリオはトマトの切り身を指し示した。「トマトは、未来への希望を象徴しています。あなたがまだ見ぬ可能性を含んでいる、果実のようなもの。ハーブは、あなたを支えてくれる人々、つまりあなたの友人や家族、これまでの人間関係を表しています。トマトとハーブが一緒になることで、スープにフレッシュで心地よいアクセントが加わります。これは、人生での出会いや支えが、どれほど大切な役割を果たすかを示しているんです。」

玲奈はその説明に静かに耳を傾けながら、スープを飲み進めていった。その一口一口が、何となく心に響くものがあった。辛さや温かさ、そして希望の味が交錯して、彼女の心にじわじわと染み込んでいった。

「最後に、このスープに添えられたパンがあります。」エリオは少し笑いながら、手に取ったパンを見せた。「このパンは、あなたの周りにある愛情を象徴しています。ふわっとしていて、どこかホッとする味がしますよね。パンは、あなたを支えてくれる人々――それは家族や友達、そして心から信頼できる存在です。どんなにスープが辛くても、このパンを一緒に食べることで、全体が優しく包み込まれるんです。」

玲奈はパンをひと口かじり、その温かさと柔らかさにほっと息を吐いた。「本当に、心が温かくなります。」彼女は感謝の気持ちを込めて、エリオに微笑みかけた。

「ありがとう。なんだか、少し元気が出た気がします。」

エリオは微笑んだ。「それが、このカフェの目的です。あなたの物語を料理で表現することが、少しでも心を満たすお手伝いになれば嬉しいです。」

玲奈はその後、デザートをお願いすることにした。エリオがキッチンに向かうと、玲奈はテーブルの上に広がった温かい空間に心を寄せながら、もう一度深く息を吸い込んだ。

今日、彼女は初めて、自分の心が何を求めているのかに気づいた気がした。そして、その一歩を踏み出すためには、まだ少し時間がかかるかもしれないが、確かなことは、もう少しだけ自分を大切にしてみようと思えたことだった。

エリオが運んできたデザート――「苦味の向こう側」を一口食べた時、玲奈は静かに微笑んだ。この料理が、彼女の物語をもっと深く、もっと豊かにしてくれることを感じたからだった。







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

人生の全てを捨てた王太子妃

八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。 傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。 だけど本当は・・・ 受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。 ※※※幸せな話とは言い難いです※※※ タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。 ※本編六話+番外編六話の全十二話。 ※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

夫の書斎から渡されなかった恋文を見つけた話

束原ミヤコ
恋愛
フリージアはある日、夫であるエルバ公爵クライヴの書斎の机から、渡されなかった恋文を見つけた。 クライヴには想い人がいるという噂があった。 それは、隣国に嫁いだ姫サフィアである。 晩餐会で親し気に話す二人の様子を見たフリージアは、妻でいることが耐えられなくなり離縁してもらうことを決めるが――。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...