ほっこりできるで賞

春秋花壇

文字の大きさ
上 下
27 / 137

ほっこり斜陽の落書き

しおりを挟む
ほっこり斜陽の落書き

その日は少し肌寒い秋の午後だった。私は、いつものように仕事を終えて帰宅し、リビングのソファに腰を下ろした。最近、太宰治の『斜陽』が読みたくなっていたので、メルカリで古本を購入したばかりだった。

数日後、その本が届いた。小包を開けると、古びた装丁の『斜陽』が現れた。ページをめくると、懐かしい紙の香りが漂い、私はすぐにその世界に没頭した。ところが、その夜遅く、スマートフォンにメルカリの通知が届いた。

「落書きがあってキャンセルしてもらって構わないです!」

なんだろうと思い、メッセージを確認すると、出品者からだった。どうやら、送られてきた本には何かしらの落書きがあったらしい。私は少し驚きつつも、好奇心からその落書きを確認してみることにした。

ページをめくっていくと、すぐにその「落書き」を発見した。それは、赤ペンで線が引かれた文章の横に「それな」と書かれているものだった。他にも、「ここ共感」とか「やっぱり」とか、読んだ人の感想が書かれていた。まるで、本の中の人物たちと対話するように書かれたその落書きは、なんとも言えない親しみを感じさせた。

私は思わず笑ってしまった。太宰治の重いテーマとシリアスな文章の中に、このような軽いノリの落書きが混じっているのが、なんとも滑稽だった。

出品者に返信を書いた。

「落書き、面白すぎます!気にしないので取引続けますね。」

しばらくして返信が来た。

「本当ですか?ありがとうございます!実は、その本は祖母のもので、彼女が若い頃に読んでいたんです。読んでる間、私も笑いを堪えきれませんでした。」

それを聞いて、ますますこの本が特別なものに思えた。誰かが大切に読んで、感想を書きながら楽しんだ本。それを今、自分が読んでいることに、不思議な縁を感じた。

その夜、私はベッドに入り、『斜陽』の続きを読み始めた。落書きを見つけるたびに笑い、時には深く考えさせられた。特に、主人公の言葉に共感して「それな」と書かれている部分では、まるでその読者と対話しているような気持ちになった。

翌日、仕事の合間に同僚にその話をした。

「昨日、古本で買った『斜陽』に落書きがあったんだよ。でも、それが面白すぎてさ!」

同僚たちは興味津々に話を聞いてくれた。

「その落書き、見せてくれる?」

ランチタイムに本を持って行き、みんなでページをめくりながら笑った。意外なことに、みんなもその本に興味を持ち、誰かが次に借りたいと言い出した。こうして、『斜陽』は会社の中でちょっとした話題になった。

日が経つにつれて、私たちの間でこの本の落書きが一種のメッセージボードのようになっていった。新たに読む人が、自分の感想をその横に書き加えていくようになったのだ。「本当にそれな!」とか、「ここも共感」といったコメントが増えていき、読む楽しみが倍増した。

そして、私は気づいた。文学はただ読むだけでなく、感じたことを共有し合うことで、もっと豊かなものになるのだと。落書きから始まったこの小さな交流が、私たちの間に新しいつながりを生み出していた。

数か月後、その本が一巡し、再び私の手元に戻ってきたときには、落書きの数は倍増していた。どのページをめくっても、誰かの感想や共感の言葉が書かれていて、それを見るたびに心が温まった。

私はその本を手に取り、最後のページにこう書き加えた。

「この本を読んだすべての人へ。私たちの心のつながりをありがとう。次に読む人へ、あなたの感想もぜひ書き加えてください。」

そして、本を次に読む人に手渡した。この『斜陽』がまた誰かの手に渡り、新たな物語が紡がれていくことを想像しながら、私はほっこりとした気持ちでその場を後にした。








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚者は咲かない花を視る

未来屋 環
現代文学
女子大生と大学教授の心の交流を描いた純文学作品です。絵を描くことが好きだった未咲は、挫折の末に抑えで受験した大学に入学する。居心地の悪さを感じながら無為な日々を過ごす彼女は、自身を『愚者』と呼ぶ藤代に出逢い、親交を深めていくのだった。あなたにはどんな世界が視えるだろうか。 表紙イラスト制作:ウバクロネさん。

碧の透水

二色燕𠀋
現代文学
透明な水を誰も知らない。 透明な青を誰も知らない。 無色透明を、誰も知らない。

わたしのことはお気になさらず、どうぞ、元の恋人とよりを戻してください。

ふまさ
恋愛
「あたし、気付いたの。やっぱりリッキーしかいないって。リッキーだけを愛しているって」  人気のない校舎裏。熱っぽい双眸で訴えかけたのは、子爵令嬢のパティだ。正面には、伯爵令息のリッキーがいる。 「学園に通いはじめてすぐに他の令息に熱をあげて、ぼくを捨てたのは、きみじゃないか」 「捨てたなんて……だって、子爵令嬢のあたしが、侯爵令息様に逆らえるはずないじゃない……だから、あたし」  一歩近付くパティに、リッキーが一歩、後退る。明らかな動揺が見えた。 「そ、そんな顔しても無駄だよ。きみから侯爵令息に言い寄っていたことも、その侯爵令息に最近婚約者ができたことも、ぼくだってちゃんと知ってるんだからな。あてがはずれて、仕方なくぼくのところに戻って来たんだろ?!」 「……そんな、ひどい」  しくしくと、パティは泣き出した。リッキーが、うっと怯む。 「ど、どちらにせよ、もう遅いよ。ぼくには婚約者がいる。きみだって知ってるだろ?」 「あたしが好きなら、そんなもの、解消すればいいじゃない!」  パティが叫ぶ。無茶苦茶だわ、と胸中で呟いたのは、二人からは死角になるところで聞き耳を立てていた伯爵令嬢のシャノン──リッキーの婚約者だった。  昔からパティが大好きだったリッキーもさすがに呆れているのでは、と考えていたシャノンだったが──。 「……そんなにぼくのこと、好きなの?」  予想もしないリッキーの質問に、シャノンは目を丸くした。対してパティは、目を輝かせた。 「好き! 大好き!」  リッキーは「そ、そっか……」と、満更でもない様子だ。それは、パティも感じたのだろう。 「リッキー。ねえ、どうなの? 返事は?」  パティが詰め寄る。悩んだすえのリッキーの答えは、 「……少し、考える時間がほしい」  だった。

特殊作戦群 海外記録

こきフジ
現代文学
陸上自衛隊 特殊作戦群の神谷秀勝2等陸尉らが、国際テロ組織アトラムによる事件を始まるストーリーです。 もちろん特殊作戦群の銃火器、装備、編成はフィクションです。

水に澄む色

二色燕𠀋
現代文学
メロウに揺蕩う、その退廃が。

いとなみ

春秋花壇
現代文学
旬と彩を織り成した 恋愛・婚約破棄・日常生活 短編集 この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

お金持ちごっこ

春秋花壇
現代文学
お金持ちごっこは、お金持ちの思考や行動パターンを真似することで、自分も将来お金持ちになれるように意識を高める遊びです。 お金持ちごっこ お金持ちごっこ、心の中で、 夢見る未来、自由を手に、 思考を変え、行動を模倣、 小さなステップ、偉大な冒険。 朝の光が差し込む部屋、 スーツを選び、鏡を見つめ、 成功の姿、イメージして、 一日を始める、自分を信じて。 買い物リスト、無駄を省き、 必要なものだけ、選び抜いて、 お金の流れを意識しながら、 未来の投資を、今日から始める。 カフェでは水筒を持参、 友と分かち合う、安らぎの時間、 笑顔が生む、心の豊かさ、 お金じゃない、価値の見つけ方。 無駄遣いを減らし、目標に向かう、 毎日の選択、未来を描く、 「お金持ち」の真似、心の中で、 意識高く、可能性を広げる。 仲間と共に、学び合う時間、 成功のストーリー、語り合って、 お金持ちごっこ、ただの遊びじゃない、 心の習慣、豊かさの種まき。 そうしていくうちに、気づくのさ、 お金持ちとは、心の豊かさ、 「ごっこ」から始まる、本当の旅、 未来の扉を、共に開こう。

腐っている侍女

桃井すもも
恋愛
私は腐っております。 腐った侍女でございます。 腐った眼(まなこ)で、今日も麗しの殿下を盗み視るのです。 出来過ぎ上司の侍従が何やらちゃちゃを入れて来ますが、そんなの関係ありません。 短編なのに更に短めです。   内容腐り切っております。 お目汚し確実ですので、我こそは腐ってみたいと思われる猛者読者様、どうぞ心から腐ってお楽しみ下さい。 昭和のネタが入るのはご勘弁。 ❇相変わらずの100%妄想の産物です。 ❇妄想遠泳の果てに波打ち際に打ち上げられた、妄想スイマーによる寝物語です。 疲れたお心とお身体を妄想で癒やして頂けますと泳ぎ甲斐があります。 ❇例の如く、鬼の誤字脱字を修復すべく激しい微修正が入ります。 「間を置いて二度美味しい」とご笑覧下さい。

処理中です...