背高泡立草

背高泡立草

背高泡立草

秋の風が冷たく感じられるようになった頃、里美は久しぶりに故郷の山道を歩いていた。都会での忙しい日々に疲れ、ひとときの休息を求めて帰省したのだが、目の前に広がる田舎の景色に心が少し軽くなるのを感じていた。

しかし、道端に広がる背高泡立草（セイタカアワダチソウ）の群生を見たとき、里美の胸には懐かしさと同時に、ある種の寂しさがこみ上げてきた。この植物は、彼女が子供の頃、いたるところで見かけるものだった。どこにでも生えているが、誰も手をかけることがない、まるでこの地の象徴のような存在だった。

「また増えたな……」里美は思わず呟いた。かつてこの田んぼや川原には、季節ごとに違った花々が咲き乱れていた。しかし、今では背高泡立草がその大部分を占め、かつての風景は失われてしまったように感じた。

背高泡立草は外来種であり、侵略的な性質を持つ植物だ。強い繁殖力で他の植物を圧倒し、その場所を独り占めにしてしまう。里美の祖父が生きていたころ、この草を見て「あれは人に迷惑をかける厄介者だ」といつも言っていたのを思い出す。

里美が小学生だった頃、祖父は田んぼの手入れをしながら、彼女に植物や自然について教えてくれた。背高泡立草を見つけるたびに、祖父は鎌を取り出して根元から刈り取った。それは、他の植物を守るための戦いのようでもあった。

「自然はバランスが大事なんだよ、里美。強いものが勝つだけじゃいけない。みんなが生きられる場所が必要なんだ」と祖父は言っていた。その言葉が、今も彼女の心に強く残っている。

祖父が亡くなってから数年が経ち、田んぼも畑も手入れされることなく荒れてしまった。里美が都会へ出てからは、家の手入れも母一人では難しく、祖父が守ってきた風景は徐々に背高泡立草に侵食されていった。

ある日、里美は久しぶりに田んぼへ足を運び、草刈りをしてみることにした。鎌を持つのは何年ぶりだろうか。背高泡立草の密集した場所に足を踏み入れ、ざくざくと草を刈り始めると、重い香りが立ち込めた。甘い香りだが、どこかむせ返るような強さがあり、まるでこの草が自分の存在を誇示しているかのようだった。

草を刈りながら、里美はふと手を止めた。この草は、ただ強くて繁殖力があるというだけでなく、彼女自身の人生とも重なっているような気がした。都会での生活に追われ、競争に勝ち抜くために必死で生きてきた。だが、その過程で何か大切なものを失ってしまったのではないか、と。

「祖父は、こんな気持ちを抱えていたのだろうか……」彼女は刈り取った草を眺めながら、そんな思いに浸った。

その夜、母と夕食をとりながら、里美は祖父の話をした。母は微笑みながら、ふと窓の外を見て言った。「お父さんが亡くなってから、あの草が増えてしまってね。でも、里美がこうして戻ってきてくれたから、また少しずつ元の景色に戻るかもしれないね。」

里美はその言葉に小さく頷いた。確かに、祖父がいなくなってから風景は変わってしまったが、それを嘆くだけでは何も始まらない。彼女には、祖父が守ってきたものを引き継ぐ責任があるように感じた。

翌日、里美はまた田んぼに向かい、草を刈り始めた。今回は祖父のように、ただ無心で草を刈るのではなく、その根を探り、周りの植物との共存を考えながら進めた。草を刈りながら、彼女は少しずつ自分自身の心も整理しているような気がした。

秋風に揺れる背高泡立草は、かつて彼女が避けていたものだった。しかし今では、その強さや生命力に敬意を払いつつも、それが他の植物と共に生きられる方法を模索している。

里美は鎌を置き、深呼吸をした。周りにはまだ刈り取るべき草が残っているが、それでも小さな一歩を踏み出した気がした。

「また来よう」と彼女は静かに呟いた。

背高泡立草の群生の中で、彼女は祖父の教えと共に、これからの自分自身の生き方を見つめ直していた。強いものが生き残るだけではなく、バランスを取りながら生きることの大切さを改めて感じ、彼女はその場を後にした。