妻と愛人と家族

なぜ日本の女性は子どもを産めないのだろうか

なぜ日本の女性は子どもを産めないのだろうか

美咲は、静かな夜の街を歩いていた。ビルの間から漏れる灯りが、冷たい風に揺れている。最近、彼女の心の中に湧き上がるのは、いつも同じ疑問だった。どうして、こんなにも多くの女性たちが、子どもを産むことを選ばないのか？

「子どもを産みたくないのか、それとも産めないのか？」

その答えを探すため、美咲は様々な人々と話をしてきた。大学の友人、仕事の先輩、両親。みんな、口々に理由を述べた。しかし、そのすべてが、彼女の心の中の不安を解消するものではなかった。

「私は仕事が好きだから。」それが、友人の佐藤由美（さとう ゆみ）の答えだった。美咲は彼女を理解できる部分もあったが、その後に続いた言葉が引っかかった。「子どもを育てる余裕がない、っていうのが本音かな。」

「やりたいことがたくさんあるから。」仕事をしながら一人で生きているという大先輩、田中明美（たなか あけみ）の答えもまた、決して無視できるものではなかった。しかし、彼女が続けた言葉には、切なさがにじんでいた。「でも、年齢的にどうするかはもうわからない。結婚するのも遅かったし、今さら子どもを育てる勇気がない。」

美咲自身、20代後半を迎えていたが、まだ具体的な決断を下すことはできていなかった。結婚して、子どもを持つという選択肢は、常に彼女の心のどこかにあった。しかし、現実を見ると、未来に対する不安が大きすぎた。

「どうして、私たちは子どもを産まないのだろう？」

その疑問を解消するために、彼女はさらに一歩踏み込んでみることにした。ある日、町で偶然出会った中年女性、鈴木千恵（すずき ちえ）と話す機会があった。彼女は、かつては結婚して子どもも考えたが、結局それを選ばなかったという女性だった。

「今は結婚していないし、子どももいない。でも、昔は思ってたんだよ。」鈴木は静かに語り始めた。「子どもを持つことは、女性にとって当たり前のことだと思っていた。でも、実際にはそうじゃない。社会の中で、女性が子どもを持つことが当たり前じゃなくなってきたんだ。」

「それは、どういう意味ですか？」美咲は質問した。

鈴木は目を伏せ、少しの間黙ってから言った。「社会が女性に求める役割が変わったことが大きいんだよ。昔は、家で家庭を支えることが女性の仕事だった。だけど、今は仕事も家庭も、すべてこなさなければならないというプレッシャーがある。私たちの世代、特に働く女性には、それが重荷になった。結婚して子どもを持つことが、当たり前ではなくなった。」

美咲はその言葉に考え込んだ。確かに、現代の日本では、女性の社会進出が進み、結婚や出産を選ばない女性が増えている。しかし、その背景には、働き方や社会の構造、そして家庭と仕事のバランスが大きく影響していることに気づく。

「でも、それだけではないと思うんだ。」鈴木は続けた。「私たちの世代は、結婚や子どもを持つことに対して、もっと慎重にならざるを得なかった。だって、結婚して子どもを産んで、育てるというのは、今の社会では本当に大変なことなんだよ。」

美咲はその言葉に耳を傾けながら、心の中で自分の未来を思い描いた。彼女は、自分が子どもを持つことを心から望んでいた。しかし、鈴木の言葉がしばらくの間、頭から離れなかった。

「結婚して子どもを持つことは、大変だよね。」美咲は、彼女の話を理解しつつ、つぶやいた。

鈴木はうなずいた。「その通り。私たちが直面した現実は、やりたいことをしながらも、家事や育児をこなさなければならないというプレッシャー。どれもこれもが、同時にやらなければならないという負担になっていった。」

その後、鈴木はふと顔を上げて言った。「でもね、私たちが見落としていたのは、社会全体の支援だったんだと思う。政府の支援はもちろんだけど、地域や社会がもっと協力して、子どもを育てやすい環境を作ることが必要だったんだ。」

その言葉に、美咲はハッとした。社会が女性を支える環境を作ることが、何よりも大切だったのだ。子どもを産むことが負担でなく、自然な選択肢であるためには、もっと多くの手助けが必要だった。

美咲は深く息を吐いた。今、彼女が抱えている不安や迷いも、決して個人的なものだけではなく、社会全体の問題であることを実感した。彼女の目の前に広がる未来には、子どもを持つことが喜びとなるような社会が必要だと感じていた。

日本の女性たちが子どもを産むことが難しい背景には、社会の構造的な問題が深く絡んでいる。そして、それを解決するためには、個人だけでなく、社会全体の意識改革が必要だ。美咲は、これからの自分に何ができるのかを考えながら、静かな夜の街を歩き続けた。