妻と愛人と家族

春秋花壇

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朝の音色

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朝の音色

静かな朝、6時半。古い木造の家の中で、陽菜(ひな)は目を覚ました。耳に届くのは、キッチンから聞こえる包丁のリズム。トントントン。祖母がいつも通り朝食を作っている音だ。

「おはよう、ばあちゃん」
陽菜がリビングに入ると、祖母はエプロン姿で笑顔を向けた。白髪混じりの髪をきれいにまとめ、手にはまだ温かい卵焼きがのった皿を持っている。

「おはよう、陽菜。今日は学校、早いんだね」
「うん、朝練があるから」

テーブルにはすでに湯気の立つ味噌汁と、炊きたてのご飯が並んでいた。その光景を見ると、陽菜は小さな安心感を覚える。祖母の作る朝ごはんは、家族をつなぐ大切な時間だった。

その家には祖母と陽菜、そして陽菜の父・雅人(まさと)が暮らしている。母は、陽菜が小学生の頃に家を出て行った。理由は子ども心にもなんとなくわかっていた。父は仕事人間で、母の孤独を埋められなかったのだろう。

父は7時になると、スーツを着てリビングに現れる。少し寝癖の残る短髪を整えながら、慌ただしくネクタイを締めていた。

「おはよう、陽菜。今日はテストだっけ?」
「違うよ、朝練だってば」

父との会話は、いつもこうだ。あまり深い話をすることはないけれど、陽菜はその不器用さを嫌いにはなれなかった。どこかぎこちないけれど、彼なりに家族を守ろうとしているのが伝わるからだ。

朝食を終え、陽菜は制服に袖を通し、玄関へ向かう。靴を履きながら後ろを振り返ると、祖母が穏やかな表情で見送ってくれる。

「いってらっしゃい。転ばないようにね」
「うん、いってきます」

陽菜は玄関のドアを開け、外へ出た。冬の冷たい空気が頬を刺す。学校へ向かう途中、ふと足を止めた。

近くの公園で、父が母と一緒に笑っていた記憶がよみがえる。あの頃、家族はもっと温かかった。陽菜は少しだけ目を閉じ、その記憶を胸にしまい込むと、再び歩き出した。

陽菜が学校に行った後、祖母は台所の片付けを終え、父を見送る準備を始めた。雅人が玄関で靴を履いていると、祖母がぽつりと声をかけた。

「雅人、あんた、陽菜にもっと話しかけてやんなさいよ」
「話してるだろう。朝もテストのこと聞いたし」
「そういう話じゃないの。もっとね、陽菜がどう思ってるか、どんなことが好きか、そういうのを聞いてあげなさいな」

雅人は一瞬言葉に詰まり、顔を背けた。

「……俺には、あいつに何を話せばいいのかわからないよ」

祖母は少し眉をひそめながら、それでも優しい口調で言った。

「わからなくてもいいのよ。あんたの声を聞くだけで、陽菜は安心するんだから」

雅人は玄関を出る前に少しだけ振り返り、小さく頷いた。

その日の夜、陽菜は学校から帰ってすぐに部屋へこもった。勉強のふりをして教科書を開きながら、何かが胸の奥で引っかかる感覚があった。ふと、リビングから父と祖母の声が聞こえてきた。

「陽菜、部屋で勉強してるんだな」
「そうだよ。あの子、真面目だから」
「……俺、ちゃんと父親できてるのかな」

その言葉を聞いた瞬間、陽菜の目に涙が浮かんだ。父の不器用さが愛情だったと気づけた気がしたからだ。

その夜、陽菜はリビングに降りてきた。そして、父に向かってこう言った。

「お父さん、明日、学校の発表会来てくれる?」

父は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑顔で答えた。

「もちろん行くよ。絶対に見に行く」

家族の絆は、少しずつ形を変えながらも、確かにそこに存在しているのだと陽菜は思った。

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