妻と愛人と家族

満天の星空と素直な気持ち

 満天の星空と素直な気持ち

涼しい秋の夜、林に囲まれたキャンプ場で、家族が小さな焚き火を囲んでいた。火のはぜる音が心地よく、空には満天の星が広がっている。父、母、そして中学生になったばかりの娘の夏海（なつみ）が静かに星空を見上げていた。

夏海は、家族旅行に少し複雑な思いを抱えていた。中学生になってから友人関係や勉強のことで悩むことが増え、最近は親にも素直に話せず、特に母親とは口論が絶えなかった。だから、このキャンプ旅行にも最初は乗り気ではなかったのだが、母の「たまには星を見に行こうよ」という言葉に誘われる形で参加することになった。

焚き火の明かりが周りの木々を照らし、穏やかな時間が流れている中、父が口を開いた。

「なあ、せっかくだし、今日はお互いに本音で話そうか」

父の言葉に、母も夏海も少し驚いた。いつも穏やかで優しい父だが、こんなふうに家族に向かって自分の気持ちを話すことを促すのは珍しい。夏海は視線をそらし、少しそっけなく答えた。

「別に、話すことなんてないよ」

母が少し笑いながら言った。「夏海、たまには自分の気持ちを話すのもいいものよ」

その母の優しい表情を見た夏海は、心の奥底で少しほっとした。母も、自分のことをわかってくれているのかもしれない。何気ない親の表情に、夏海の心は少しずつほどけていくようだった。

夏海は、小さく息をつき、つい本音をこぼしてしまった。「なんか、最近、自分が誰かのために何かをしたり、誰かに心から感謝したりっていう気持ちが薄れてる気がするんだ…友達のことも、勉強のことも、全部中途半端で…」

両親は黙って、夏海の言葉に耳を傾けていた。自分の不安をこうして言葉にするのは初めてだったが、話し始めると次々と胸の中の思いが溢れてきた。

「周りのみんなが羨ましいんだ。みんな楽しそうに見えるし、私なんて…なんか、なんでもうまくいかなくて…」

母がそっと夏海の手を握った。「夏海、そんな風に悩むのは、頑張っている証拠だと思うよ。でもね、うまくいかないことがあっても、それでいいんだよ。誰も最初から完璧じゃないし、自分ができることを少しずつやればいいの」

父も静かに言葉を添えた。「家族は、いつだって夏海の味方だからな。自分の思いを正直に話すことは大切だし、話せば楽になることもある」

その言葉に、夏海は自然と涙が溢れてきた。自分が孤独で不安な気持ちを抱えているときでも、家族は自分の味方でいてくれる。そう感じたとき、心の中の暗い雲が少しずつ晴れていくようだった。

泣きながらも、夏海はゆっくりと両親に感謝の気持ちを伝えた。「ありがとう、パパ、ママ。私、もっと素直になれるように頑張るよ。そして、みんなが幸せでいることを願いたいって、心から思えるようになりたい」

母が優しく笑って頷いた。「そうね、誰かの幸せを願う気持ちは大切だよ。それができる人は、自分も幸せになることができるから」

父も夏海の頭を優しく撫でた。「そうだな。それに、夏海のその気持ちが家族や友達にも伝わっていくからね」

夜空を見上げると、星がいっそう輝きを増しているように見えた。その光が、夏海の心の中に温かさを届けてくれる気がした。満天の星空の下で、自分の気持ちを素直に話せたこと、家族と心を通わせたことが、何よりも大切な時間だと思えた。

やがて星の光が薄れ、夜明けが近づいてきた。焚き火も小さくなり、夏海は心地よい疲れとともに瞼が重くなっていくのを感じた。彼女は、心の中でそっと誓った。

「これからは、誰かの幸せを願える人になりたい。そんな気持ちを大切にしながら、自分も幸せになっていこう」

そして、やがて穏やかな眠りに落ちた。

家族の絆を確かめ合いながら、夜は静かに明けていった。