妻と愛人と家族

俺は庭でバーベキューがしたい

「俺は庭でバーベキューがしたい」

篠田健一（しのだけんいち）は、長いこと頭の片隅にあった「庭でバーベキューがしたい」という夢を、とうとう実行に移すことにした。子供の頃から家の中ばかりで育ち、外で友達と騒ぐ機会があまりなかった健一は、大人になった今、家族で庭に出てバーベキューを楽しみたいとずっと思っていた。

ある秋の晴れた週末、健一は家族に提案した。「今週末、家族でバーベキューしないか？」

妻の美咲（みさき）は最初、少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑んで賛成した。「楽しそうね。子どもたちも喜ぶんじゃない？」

小学3年生の息子、翔太（しょうた）と、幼稚園児の娘、菜月（なつき）も、父の提案を聞いて目を輝かせた。二人とも、家の中で遊ぶことが多かったので、外でのバーベキューは冒険のように感じられたのだ。

健一はさっそく近くのホームセンターに出かけ、初心者向けのバーベキューグリルと炭、そしてトングなどの道具一式を揃えた。それからスーパーで肉や野菜、ソーセージなどを買い込むと、家族の期待がますます高まっていくのを感じた。

当日、庭にテーブルと椅子を並べ、バーベキューセットを準備し始めた健一。炭を起こす作業に慣れていないため、何度も苦戦しては吹きかける火が消えてしまったが、妻と子どもたちの応援を受けて、ついに火を安定させることができた。

「お父さん、すごい！　やったね！」と翔太が嬉しそうに叫び、菜月もパチパチと手を叩いて喜んだ。その姿に、健一は大きな達成感を感じた。

いよいよ焼き始める。最初に焼いたのはソーセージだった。ジューッと音を立てて油がはじけ、子どもたちは興奮してその様子を見つめた。焼き上がったソーセージを二人の皿に盛ると、すぐに一口頬張り、「おいしい！」と声をそろえて言った。

次に焼いたのは野菜だ。美咲は焼き加減にこだわり、キノコやピーマンをじっくり焼き、うまみが引き立つようにしていた。「家のキッチンで作るのとは違う味がするわね」と、美咲も自然と笑みがこぼれた。

健一は、最後に肉を焼き始めた。少し焦げ目がつき、香ばしい匂いが広がると、みんなの目が自然と肉に集中する。美咲は、じっと見つめる子供たちに笑って「お父さんのバーベキュー、初めてだからしっかり味わいなさいね」と声をかけた。

「熱いから気をつけろよ」と注意しながら肉を皿に盛ると、子どもたちは大喜びで食べ始めた。その様子を見ながら、健一も口に運んでみると、シンプルな味付けでありながら外で食べる特別感が加わり、予想以上においしく感じた。

日も暮れ始め、最後にみんなで焼きマシュマロを楽しんだ。甘くとろけるマシュマロを口に運びながら、家族の笑い声が庭に響く。健一は心の中で、この日の思い出が家族にとってずっと大切なものになるように願った。

庭でのバーベキューは、ただの食事ではなく、健一にとっても家族にとっても特別な時間をもたらした。普段、家の中では感じられない風や香り、そして家族とともに過ごすひととき。自分が子供の頃に持てなかった時間を、今こうして自分の家族と一緒に過ごせていることが、健一にとって何よりも幸せだった。