妻と愛人と家族

波平さんとカツオの価値観

波平さんとカツオの価値観

カツオがリビングに飛び込んできた。「父さん、僕、バイトしたいんだけど！」と元気いっぱいに宣言する。サザエさんやフネさんもその場にいたが、皆が驚いた顔でカツオを見つめた。しかし、最も驚いているのはもちろん波平さんだった。

「バイトだと？　学生の本分は勉強だろう！」と波平さんは顔をしかめる。

「でも、友達の中でもやってる人は多いんだ。学校の帰りや土日だけだし、僕もやってみたいんだよ」とカツオは真剣な表情で言った。

波平さんは厳しい声で言った。「お前はまだ中学生だ。働くことは、我が家の価値観として許されるものではない！　それに、お前のような若い者が金を稼ぐ必要などない。」

この瞬間、カツオは納得がいかない顔をした。カツオにとってバイトはただのお小遣い稼ぎ以上の意味があった。彼は新しい環境で何かを学び、大人の世界に触れてみたいという思いがあったのだ。だが、そんな思いを口にしたところで波平さんに理解してもらえるとは限らない。

「父さん、僕だってただ遊びたいわけじゃないんだよ。自分で稼いだお金で好きなものを買いたいし、それに社会勉強にもなると思う」とカツオは勇気を出して言った。

波平さんはますます不機嫌そうな顔になり、声を荒らげた。「金を稼ぐことがどうして社会勉強なんだ！　社会を知るなら、まず家族のために働くことを覚えなさい！」

サザエさんは波平さんを宥めようと口を開いた。「お父さん、カツオも少しは世の中を知りたいのよ。きっと新しい経験が成長にもつながるわ」

しかし、波平さんは聞き入れなかった。「甘いことを言うな！我々の若い頃にはな、家を助けるために家族で働くのが当たり前だった。遊びに行く時間や自由は二の次であった！」

カツオは少し苛立ちながら口を尖らせた。「父さん、そんな古い話は通用しないよ。今の時代、働くことは経験や挑戦を得るための一つの方法なんだよ。友達だってやってるのに、どうして僕だけダメなんだ？」

波平さんはその言葉にさらに顔を赤くして、「友達がやってるからと言ってお前までやる必要はない！世間に流されるのではなく、自分の道を見つけなさい！」

カツオはそれでも引き下がらなかった。「父さんの時代とは違うんだよ。みんなが自分で稼いでみたい、経験してみたいって思ってるんだ。それに、稼いだお金で家族にプレゼントを買ったりもできるよ！」

波平さんは一瞬言葉に詰まった。彼も、息子が家族のために何かをしたいという思いを持っていることに気付いたのだ。しかし、どうしても自分の価値観を変えることができず、深い溜め息をついた。

その時、フネさんが静かに話し始めた。「波平さん、カツオも少しずつ大人に近づいているのですよ。昔のように厳しく縛るのではなく、新しい世代の価値観にも耳を傾けることが大事ではないでしょうか」

波平さんはフネさんの言葉に少し考え込んだ。確かに、彼の若い頃と今とでは世の中が大きく変わっている。だが、それを認めるのは簡単なことではなかった。

カツオは静かに言った。「父さん、僕は父さんを尊敬しているよ。でも、僕も父さんみたいにいろんなことを経験して、自分なりの人生を築きたいんだ」

その言葉に、波平さんは思わず涙が浮かびそうになった。息子が自分の意思を持ち、成長していることを感じたからだ。だが、それでも彼は一言だけ言った。

「わかった、カツオ。お前がどうしてもやりたいのなら、一度だけ挑戦してみなさい。しかし、その結果を見て、私の言葉が正しかったと思う日が来ることを忘れるな」

カツオは驚きと喜びが入り混じった表情で「ありがとう、父さん！」と叫び、波平さんの元を去った。

波平さんは一人残され、深いため息をついた。若者と大人の価値観の違いが、これほど難しいものであることを改めて痛感した。