妻と愛人と家族

日曜日の洗車

「日曜日の洗車」

毎週日曜日の朝、決まって同じ光景が目に入る。向かいの家の庭先で、近所の旦那さんが丹精込めて車を洗っているのだ。大きなバケツにたっぷりの水を張り、手にスポンジを持って、一心不乱に洗車をする彼の姿は、まるで儀式のようだった。

彼が持っている車は、少し年季が入っているけれど、いつも驚くほどピカピカだ。近所の子供たちが、彼の車が太陽の光を浴びてきらきらと輝くのを見て、「おじさんの車、すごいね！」と感嘆の声を上げるほどだ。そんな声が聞こえると、彼は少し照れながらも、「まだまだ現役だよ」と微笑んで、また洗車に戻る。

見ていると、洗車にかける時間も気合も相当なものだ。まずホースで丁寧に水をかけて、表面の汚れを落とし、次にスポンジで隅々までこすっていく。窓ガラスやホイール、ドアの取っ手、ナンバープレートまでも手入れを怠らず、最後に乾いた布で拭き上げるまで気を抜かない。彼の手つきからは、この車に対する愛情が伝わってくる。決して高級車ではないが、彼にとっては特別な存在なのだろう。

そんな彼の姿を眺めながら、私はふと思う。持っているものにこれほどの愛情を注ぎ、時間と労力をかけられる人は、本当に素晴らしい。車をただの移動手段としてではなく、人生の一部として大切にするその姿勢に、心が温かくなる。彼のような人は、きっと他のものに対しても、同じように大切に接しているのだろう。家族や友人、仕事に対しても、誠実な気持ちで向き合っているのではないかと感じる。

実は、私も以前、同じような車を持っていた。買って数年が経つと、小さな傷や汚れが増え、手入れを怠りがちになっていた。洗車も面倒に感じ、汚れが目立っても「まあいいか」と放置してしまうことが多かった。しかし、この旦那さんの洗車風景を見るたびに、自分の無頓着さが少し恥ずかしくなってくる。彼のように丁寧に車を磨き上げることで、自分の持ち物や生活に対する姿勢も変わるかもしれない。

ある日、思い切って彼に話しかけてみた。「いつも車を綺麗にされてますよね。どうしてそこまで大切にされているんですか？」と尋ねると、彼は少し考えた後、こう答えた。

「この車には、いろんな思い出が詰まってるんですよ。新婚旅行に行ったときも、この車で遠くまでドライブしたんです。子供が生まれて、初めて家族で出かけたのもこの車。だからね、この車を大切にすることが、家族との思い出を大切にすることと同じなんです。」

彼の言葉に、私は心を打たれた。ただの物であっても、その背後には思い出や愛情が積み重なっているのだ。彼にとって洗車は、その思い出に感謝し、新たな思い出を刻むための行為だった。私はそのとき、彼の洗車が単なるルーティンではなく、人生を慈しむ一つの形なのだと理解した。

それからというもの、私も少しずつ日常の中での「感謝」を見つけようとするようになった。例えば、古い家具を磨く時間を少し取ってみたり、仕事で使う道具を丁寧に手入れしたり。どんなに小さなことでも、それを大切にすることで、気持ちが前向きになれると気づいたのだ。

そしてまた日曜日。旦那さんは変わらず、朝早くから洗車を始めている。私も見習って、自分の持ち物に少しでも感謝の気持ちを込めて手入れをしようと思う。彼の姿を見ていると、日常に感謝することの大切さを忘れないでいようと思えるから不思議だ。

毎週日曜日になると聞こえてくる、ホースから流れる水の音、スポンジが車の表面を滑る音。その音たちは、日常の中で忘れがちな「大切なものに感謝する」瞬間を私に思い出させてくれる。