妻と愛人と家族

春秋花壇

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周囲の人々

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周囲の人々

夫・大地が戻ってきてからしばらく、明日菜の周囲の反応は驚くほど静かだった。けれども、心の中では様々な噂や感情が渦巻いていることを、彼女は薄々感じていた。

まず、近所の人々。明日菜は、これまで近所付き合いをそこまで積極的にしていなかったが、それでも町内会の集まりやゴミ出しの際に顔を合わせることが多かった。夫が家を出てからというもの、明日菜の家の前を通り過ぎるときに、近所の主婦たちが目を細めて見ているのが分かった。「あの家、最近どうなっているのかしら?」とでも言いたげな視線。誰も明日菜に直接問いかけることはなかったが、その沈黙がかえって彼女を不安にさせた。

特に、お隣の坂下さんは、井戸端会議の中心人物だ。朝のゴミ出しの際、彼女は明日菜に近づいてきてこう言った。

「最近、大地さん見ないわね。お仕事忙しいのかしら?」

明日菜は、平静を装って答えた。

「ちょっと出張が続いていて…」

本当は全てを話したくなる衝動に駆られたが、口を閉ざした。坂下さんの顔には、興味本位の色が見え隠れしていたからだ。もし何か話せば、それはすぐに町中に広まるだろう。それだけは避けたかった。

そして親戚の反応もまた、彼女の心に重くのしかかった。大地が戻る前、明日菜は親戚から電話やメールで心配されることが多かった。

「明日菜、大丈夫?何かあったらいつでも連絡してね」と、義妹の美咲から優しい言葉をもらったが、裏には「一体何が起こっているのか」という興味も含まれていることがわかった。美咲は、よく家族の中で問題が起こるとそのことを噂話にしてしまう傾向があったからだ。

大地が戻ってきたときも、すぐにその情報が親戚中に広まったようで、明日菜のもとに複数の連絡が入った。

「戻ってきたんだってね。良かったじゃない!」と義母が電話をかけてきた。彼女の声は明るく、まるで問題は全て解決したかのように話していたが、その言葉の裏に「ちゃんと家庭を守れたんだから、もう問題はないわね」とでも言わんばかりの圧力を感じた。

明日菜は電話越しに微笑みながら、「ええ、なんとか…」とだけ答えた。だが、心の中では「本当にこれで良かったのだろうか?」という疑念が絶えなかった。義母は家庭を守ることを何よりも重視する人で、浮気があろうがなんだろうが、とにかく家族が一つにまとまることが最優先だと考えていた。明日菜にとって、その考え方は理解できないわけではなかったが、現実の感情はそんなに単純ではなかった。

友人たちもまた、彼女に対して微妙な距離感を保っていた。仲の良かった友人の恵美は、久しぶりに連絡をしてきた。

「明日菜、元気にしてる?最近、あんまり会わないからさ…ちょっと心配してたんだ」

その言葉の裏には、何かが起きたことを察しているような気配があった。明日菜はその電話に対し、「うん、まあね…いろいろあったけど、大丈夫よ」と答えたが、詳しく話す気にはなれなかった。恵美が本当に心配してくれているのは分かっていたが、自分の複雑な感情をどう伝えればいいのかが分からなかったのだ。

大地が戻ってきた今、外から見れば「元通り」になった家族の姿がある。だが、明日菜の心の中は、決して元通りにはなっていなかった。近所や親戚、友人たちは一様に「良かったね」「元気でよかった」と言ってくれるが、彼らが見ているのは表面だけだ。明日菜が抱えている本当の葛藤や痛みを理解している人はいない。

そして、その孤独感が彼女をさらに苦しめた。

ある日、娘の四季が明日菜に言った。

「ママ、周りの人はどう思ってるか知らないけど、私たちはママが頑張ってきたのを知ってるよ。だから、あんまり無理しないでね」

その言葉に、明日菜は少し救われた気がした。娘たちが父親についていったことで、彼女は一時的に自分が見捨てられたように感じたが、実は彼女たちもまた複雑な心境で日々を過ごしていたのだ。

周囲の目や言葉がどれほど自分を傷つけたとしても、家族の中で支え合うことができれば、それだけで十分なのかもしれない。明日菜はそう自分に言い聞かせながら、少しずつ、少しずつ、自分の気持ちを整理していった。

周りの人々は、いつも勝手なことを言う。それが現実だ。だけど、明日菜はもうそれに振り回されないと決めた。彼女にとって大切なのは、外の声ではなく、自分自身と、そして娘たちとの関係だった。









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