妻と愛人と家族

共存の難しさ

共存の難しさ

義理父母との完全分離型二世帯住宅に住み始めた当初、私たちはお互いのプライバシーを尊重しながら、適度な距離感で生活できると信じていた。ドアひとつ隔てて別々の空間が確保されている。それで十分だと思っていた。だが、まさか週に一度しか顔を合わせることがない生活になるとは、義理父母も予想していなかったようだ。

義母が変わり始めたのは、そんな生活が続いてしばらく経ってからだった。いつの間にか彼女の足音が聞こえなくなり、顔を合わせる機会がますます減っていった。私は忙しさにかまけて、義母の様子にあまり気を留めることはなかった。以前は友人を頻繁に家に招いていた彼女が、最近は静かだな、と思うくらいの変化しか感じていなかった。

しかし、ある日、義父が私に深刻な顔で話しかけてきた。「母さん、最近部屋から出てこなくてな…」その声は重く、沈んだものだった。「友達を呼ぶこともなくなった。どうやら、うつ病になってしまったようだ」

その言葉に驚き、思わず足がすくんだ。「えっ…うつ病？いつからですか？全然気づきませんでした」

義父はゆっくりと頷いた。「実は、ずっと自分を責めているみたいだよ。『生きているだけで、嫁に迷惑をかけている』って毎日泣いているんだ」

私は衝撃を受け、言葉を失った。義母がそんな状態に陥っているとは、想像もしていなかった。彼女が少しおとなしくなったくらいにしか思っていなかった私は、なんて無神経だったのだろう。彼女が部屋に閉じこもり、苦しんでいることに気づけなかった自分を責めた。

「私…何もできていませんでしたね」私はうつむいて、声を絞り出した。「もっと気をつけるべきでした」

義父は優しく首を振った。「誰も君を責めてないよ。ただ、母さんも君も、これまでお互いに慣れていく時間が足りなかったんだろうな。完全分離型の家にしたのは、みんなのために良いと思ったんだけど…」

「でも、それがかえってお義母さんを追い詰めてしまったんですね」と私は続けた。

義父はため息をつき、「そうかもしれない。母さんは、私たちと君たちの距離が遠すぎると感じているんだと思う。せっかく一緒に暮らしているのに、まるで別々に生きているような気がしてるんだろうな」とつぶやいた。

私はその言葉に思いを巡らせた。完全分離型という住まい方が、私たちに安心感をもたらす反面、義母に孤独感をもたらしていたのかもしれない。彼女はもっと家族とのつながりを感じたかったのに、私たちはそれを理解せず、逆に距離を置くことを選んでしまった。

その夜、私は夫と話し合った。「お義母さんのこと、私たち、何も考えていなかったんじゃないかしら。二世帯住宅にしたのは、プライバシーを守るためだったけど、彼女にとっては逆に孤立してしまう結果になったのかもしれない」

夫はしばらく黙ってから、「母さん、そんなに辛い思いをしていたんだな…俺も何も気づいていなかった。どうにかして、母さんがもっと安心して過ごせるようにしたいよ」と言った。

私たちは義母との関係を見直し、彼女が感じていた孤独を解消するための方法を考え始めた。まずは、週に一度ではなく、もっと頻繁に顔を合わせ、食事を共にする時間を作ろうという話になった。それだけで、彼女が少しでも安心してくれるかもしれない。

翌日、私は義母の部屋を訪ねた。ノックをすると、か細い声が返ってきた。「どうぞ…」

中に入ると、義母はベッドに横たわり、薄暗い部屋の中で目を閉じていた。その顔はやつれ、以前の生き生きとした表情は見当たらなかった。

「お義母さん、最近お話しできていなくて、ごめんなさい」私はベッドの隣に座り、優しく話しかけた。

義母は目を開け、私の顔をじっと見つめた後、小さな声で言った。「私は…迷惑をかけているだけだから。もう、友達を呼ぶこともできないし…」

「そんなことないです」と私は力強く言った。「お義母さんが苦しんでいるなんて、気づけなかった私が悪かったんです。私たち、これからもっと一緒に過ごしましょう。お義母さんのことを大事に思っているんですから、何でも話してください」

義母は驚いたように私を見つめ、そして、ぽつりと涙をこぼした。「ありがとう…」

その日から、私たちは少しずつ家族の距離を縮めていった。完全分離型の家であっても、心の距離は縮められる。義母の孤独を理解し、家族としての絆を大切にすることで、彼女の表情にも少しずつ笑顔が戻ってきた。そして、私たちもまた、家族としての新しい形を見つけることができた。