妻と愛人と家族

春秋花壇

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とろけるようなサバの味噌煮

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「とろけるようなサバの味噌煮」

母が作る「サバの味噌煮」は、私たち家族にとって特別な料理だった。それは単なる食事ではなく、家族の絆を感じさせる「ソウルフード」だった。週に一度、日曜日の夜には必ずその甘辛い香りがキッチンから漂ってくる。その香りをかぐたびに、家中が温かさで包まれるような気がした。

「今日もサバの味噌煮ね」と、私は母の背中に声をかけた。

「そうよ、今日は少し濃いめに仕上げるつもり。あなたの好きな感じにね」と母は笑って鍋をかき混ぜていた。彼女はいつもその味を微妙に変え、家族全員が満足するように気を配ってくれていた。

母の料理は特別だった。特にサバの味噌煮は、母の長年の経験と愛情が詰まった一品だ。サバは新鮮で肉厚なものを使い、味噌の甘さとサバの脂が口の中で溶け合うように煮込まれる。程よい塩味がサバの旨みを引き立て、何度食べても飽きることがなかった。

父はサバの味噌煮が大好きだった。いつも「この味噌の加減が絶妙だな」と言って、満足そうに箸を進めていた。その笑顔を見ると、母はほっとしたように嬉しそうに微笑む。

家族が集まって食卓を囲む時間は、私にとって何よりも大切だった。どんなに学校や仕事で疲れていても、母のサバの味噌煮があれば心が癒された。母の料理には、ただの食材以上に、家族を思いやる温かさが詰まっていたからだ。

ある日、大学進学のために私は実家を離れることになった。家を出る前の最後の日曜日、母は私のために特別にサバの味噌煮を作ってくれた。

「これで最後じゃないけど、少し寂しいわね」と母は言いながら、鍋の中でサバがゆっくりと煮えるのを見つめていた。

「うん、でもまた帰ってくるよ。たぶんサバの味噌煮を食べたくなったら、すぐにでもね」

「そうね。あなたが帰ってくるたびに、作ってあげるわ」

その日は、これまで以上に深い味わいのサバの味噌煮だった。私がこれからどれだけ遠くに行っても、この味があれば家族との絆はずっと続いていくと感じた。

大学生活が始まり、忙しさに追われる毎日だった。新しい環境に慣れるのに時間がかかったし、食生活も大きく変わった。外食が増え、コンビニ弁当も当たり前になった。けれど、母のサバの味噌煮の味はいつも頭の片隅にあった。

時々、寮の狭い部屋で、あの甘辛い香りを思い出しては、懐かしさに浸ることがあった。そんな時、母が「元気でやってる?」とメールを送ってきたりすると、私は不思議なほど安心するのだった。彼女の料理が、私にとってどれほど大きな存在だったかを改めて感じた。

冬休みになり、久しぶりに実家に帰った私は、母の手料理を楽しみにしていた。玄関を開けると、懐かしいサバの味噌煮の香りが迎えてくれた。

「やっぱりこれが一番だね!」私は感激してそう言うと、母は笑ってテーブルに料理を並べた。父も嬉しそうに私の帰りを喜び、家族全員が再び揃って食事を楽しんだ。

「今度は、あなたに作り方を教えてあげるわね」と母が言った。

「本当?教えてくれるの?」私は嬉しくなって、早速ノートを取り出し、母のレシピをメモすることにした。

サバを下ごしらえするところから始まり、味噌や調味料の配合、火加減まで、すべてを細かく教えてくれた。母の手際を見ながら、私は一つ一つの工程に込められた愛情と時間の重みを感じた。

「ただのレシピじゃないんだね。お母さんがこうやってずっと家族のために作ってくれたんだな…」

「そうね、でも大したことはないわ。大切なのは、誰かのために作る気持ちよ」

その言葉を聞いて、私はますますこの料理の深さを実感した。料理そのものだけでなく、そこに込められた思いやりや温もりこそが、私たち家族を支えてきたのだ。

それから数年が経ち、私も自分の家庭を持った。結婚して子どもが生まれると、自然と母のサバの味噌煮を自分でも作るようになった。母から教わった通りに作ってみるが、なかなか同じ味にはならない。それでも、家族が「美味しい」と言ってくれるのが何より嬉しい。

そして、ふと気づいた。あのとろけるようなサバの味噌煮は、味そのものだけではなく、家族と過ごす時間や母の愛情が詰まっていたからこそ、あの特別な味だったのだと。

私も、これからは自分の子どもたちに、同じような愛情を込めて料理を作りたい。いつか彼らも、私がそうであったように、この味を懐かしく思い出してくれる日が来るだろう。

そう信じながら、私は今日もまた、母から受け継いだサバの味噌煮を作り続ける。
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