妻と愛人と家族

春秋花壇

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柳葉魚(ししゃも)

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「柳葉魚(ししゃも)」

北海道の秋、朝霧が立ちこめる中、漁港には冷たい風が吹いていた。大輔は港で釣り糸を垂らしながら、柳葉魚(ししゃも)の漁を心待ちにしていた。父の代から続くししゃも漁は、彼にとって特別な時間だった。ししゃもは北海道の一部地域でしか獲れない貴重な魚であり、毎年この季節になると多くの漁師が港に集まる。

「今年も豊漁だといいんだがな」と隣で糸を垂れる漁師仲間の田中が言った。

大輔は頷きながらも、心の中で不安を抱えていた。最近は漁獲量が減り、漁師たちにとって厳しい状況が続いている。海の環境の変化や、ししゃもを育む河川の状況が年々悪化していることは、皆が感じていることだった。

「どうなるかな」と大輔はぼそっとつぶやき、海の静かな波を見つめた。

ししゃも漁の時期は限られている。短い秋の間、海から川に戻るししゃもを捕まえる漁は、何百年もの間、北海道の漁師たちにとって貴重な収入源だった。しかし、最近の不漁続きで、漁師仲間の中には離れていく者も多かった。

その夜、大輔は家に帰り、父の写真を見つめていた。父もまた、この海でししゃもを追い続けた漁師だった。幼い頃から父の背中を見て育った大輔にとって、ししゃも漁はただの仕事ではなく、家族の歴史そのものだった。

「父さん、今年も漁がうまくいけばいいんだが」と、大輔は写真に語りかけた。

翌朝、大輔はまだ暗い時間に港へ向かった。冷たい風が肌を刺すように感じる中、船に乗り込むと、漁師たちは次々と準備を始めた。大輔も黙々と道具を整え、エンジンをかけた。船は波を切って沖へと進んでいった。

「今日こそ、頼むぞ」と大輔は海に向かって祈るように呟いた。

船がししゃもがよく集まるという場所に到着すると、大輔たちは一斉に網を下ろした。冷たい海水が手に染みるが、そんなことは気にしていられない。船の上では無言の緊張感が漂っていた。皆、心の中では同じことを思っている――今年の漁がどうなるのか。

時間が経つにつれ、重い網を引き上げる瞬間がやってきた。大輔は全身の力を込めて網を引き、やがて海面から網が顔を出した。水滴が飛び散る中、網には銀色に輝くししゃもがたくさんかかっていた。

「やった!」と誰かが声を上げた。

大輔も胸を撫で下ろし、仲間たちと共に笑顔を交わした。ししゃもが久しぶりに豊漁だったのだ。船の上は喜びで満ち、大輔も自然と笑顔がこぼれた。

「これで今年も何とかなるな」と田中が言い、大輔も頷いた。

港に戻ると、漁師たちはすぐに捕れたししゃもを分け合い、家族や市場へと運んだ。大輔も家に帰り、早速妻の美恵子にその日の漁の話をした。

「よかったじゃない。これでししゃもの干物をたくさん作れるわね」と美恵子は笑顔で答えた。

ししゃもの干物は、この地域の名物でもあり、観光客にも人気があった。美恵子は家の裏にある干し棚にししゃもを並べ、冷たい風にさらして丁寧に干物を作るのだった。

その晩、大輔は一日の疲れを感じながら、晩酌を始めた。テーブルには、美恵子が作った焼きししゃもが並んでいた。その香ばしい香りと、パリッとした食感が大輔の心を満たしていく。

「やっぱり、ししゃもはうまいな」と大輔は一口かじりながら言った。

「そうでしょ。やっぱり新鮮なししゃもは最高よ」と美恵子も満足そうに答えた。

その夜、大輔は父の写真を再び見つめ、心の中で感謝の言葉を捧げた。父の教えを胸に刻み、家族と共に生きること、それが彼の幸せだと感じていた。

秋の風が家の窓を優しく揺らし、ししゃも漁の成功が家族の団らんをさらに温かくした。翌朝もまた、漁師としての一日が始まる。大輔は、これからもこの海と共に生きていく覚悟を新たにしながら、静かに目を閉じた。
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