妻と愛人と家族

寒露の秋霖（しゅうりん）

寒露の秋霖（しゅうりん）

秋の雨が静かに降り続く。しとしとと音を立てて、窓の外では木々が雨を受け止め、色づいた葉がしっとりと濡れている。暦は寒露。秋が深まり、雨がこの季節をますます静寂に包むように感じられた。

新婚の麻衣（まい）は、ベッドの中で軽く身体を伸ばしながら、隣に横たわる夫の涼（りょう）の肩に顔を埋めた。涼の温かさが心地よく、二人の体温が混ざり合うこの瞬間が、麻衣にとって何よりの安らぎだった。

「今日も雨だね」と麻衣が静かに言う。

「うん、まるで子猫みたいに寝そべって、ベッドで雨音を聞いていられる時間が好きだよ」と涼が笑顔を浮かべながら返す。

麻衣は、涼の言葉に頬を赤らめながら、彼の胸に軽く頭をもたせた。結婚してまだ数ヶ月しか経っていないが、二人の間には、長い年月を経たような安心感が漂っていた。毎日が新しい喜びに満ちていて、それでもどこか懐かしい。まるで、ずっと昔から知っていたような、そんな温かさがこの家にはある。

外では、秋霖（しゅうりん）が優しく降り注いでいる。寒露の雨は冷たいが、その音は不思議と心を落ち着け、家の中にいるとその静けさが愛おしく思える。窓辺にある小さな観葉植物の葉に、水滴がころんと弾けてはまた静かに吸い込まれていく。

「今日は何をする？」と涼が優しく麻衣に尋ねた。

「うーん……外は雨だし、特に予定もないし。ずっとこのまま、ベッドでゴロゴロしててもいいかな」麻衣は甘えるように言った。

「それなら、一日中このベッドで過ごすか」と涼はおどけた調子で応じ、麻衣の肩を軽く抱いた。

ふたりはまるで子猫のように、ベッドの上で戯れ合った。麻衣が涼の腕の中でくるりと身を翻すと、涼もそれに合わせて身体を寄せる。まるで秋の風が吹き抜けるような、軽やかな笑い声が部屋に響く。こんな小さなひとときが、二人にとっては特別な宝物だった。

「昔、こんな風に、ずっと二人でいられるなんて想像もしてなかったよね」と麻衣はふと思い出したように口にした。

「本当にね。最初に出会った頃は、まさかこんな風に夫婦になるなんて、夢にも思わなかったな」涼も同意しながら、少し照れたように笑った。

麻衣と涼は大学のサークルで知り合った。当時、麻衣は控えめで、人と打ち解けるのが少し苦手なタイプだった。涼はそんな彼女を気にかけ、少しずつ距離を縮めていった。互いに思いやりを持ちながら、やがて恋愛関係に発展した二人は、数年の交際を経て結婚することになった。

「ねぇ、涼」麻衣が突然、顔を上げた。

「何？」

「結婚して良かったって、本当に思ってる？」

涼は一瞬驚いたが、すぐに優しく笑って麻衣の手を取り、指先でそっと撫でた。

「もちろんだよ。毎日が楽しいし、こうして一緒にいられるだけで幸せだ。それに、こんなに可愛い妻がいるんだから、もっと幸せにならないわけがないだろ？」

麻衣は照れ笑いを浮かべながら、再び涼の胸に顔を埋めた。彼の心からの言葉が、まるで秋の雨のように、静かに優しく麻衣の心に染み渡っていった。

外の雨はまだ降り続けているが、その冷たさは二人の部屋には届かない。ベッドの中で、互いの温もりを感じ合い、静かに過ごす時間は、何よりも尊いひとときだった。

「涼、ずっと一緒にいようね」

「もちろん。これからもずっと、寒露の秋霖のように穏やかな日々を一緒に過ごそう」

そう言って、二人は再び静かに寄り添った。窓の外では、秋の雨が続く。だが、その雨音はどこか心地よく、二人の未来が穏やかであることを予感させていた。

新婚生活はまだ始まったばかり。けれど、この瞬間がある限り、二人はこれからも幸せな時間を共に過ごしていくだろう。