妻と愛人と家族

変貌

変貌

裕子は、自分の家事スキルが壊滅的だと自覚していた。特に料理は、目玉焼きすら焦がすほどだった。そんな彼女が結婚することになったのは、少々の驚きだった。相手は、温厚で料理上手な健一。彼は裕子に愛情を注いでくれたが、裕子は常に自分の不甲斐なさを感じていた。

結婚式が終わり、裕子は新しい生活が始まった。しかし、家事や料理は彼女にとって大きな壁だった。初日の夕食、彼女は手際よくないながらも健一の好きなカレーを作ろうとした。材料を切り、鍋に入れるが、手際が悪く、すぐに焦げ付いてしまった。健一が帰宅する頃には、キッチンは惨状を極めていた。

「大丈夫だよ、何か別のものを作ってくれたんだね」と健一は優しく声をかけたが、裕子は心の中で悔しさが渦巻いていた。彼女はこのままではいけないと決意した。結婚を機に、家事も料理もできる有能な妻であり母になりたい。裕子は死に物狂いで努力することにした。

最初の一歩として、彼女は料理教室に通うことに決めた。最初の授業では、包丁の使い方すら分からず、周りの生徒たちに劣等感を感じた。しかし、裕子はめげずに通い続けた。教室で習ったレシピを、帰宅後に練習した。何度も失敗し、泣きそうになったが、健一の励ましが彼女を支えた。

「裕子の努力、見ているよ。必ずできるようになるから」と健一は言った。その言葉が裕子の背中を押した。彼女は次第に自信を持つようになり、料理の楽しさを感じるようになった。特に子供ができたとき、彼女は一層頑張る決意を固めた。子供には、栄養のある手作りの食事を与えたいという強い思いがあった。

月日が経つにつれ、裕子の料理スキルは向上していった。初めて作ったオムライスが、健一と子供に「美味しい！」と言われた瞬間、彼女は嬉しさで涙がこぼれた。それは、努力が実を結んだ証だった。

「今日は何を作ろうか？」と裕子は毎日の献立を考えるようになった。レシピ本を手にし、試行錯誤しながら新しい料理に挑戦することが楽しみとなった。キッチンはいつしか彼女の創造の場に変わり、笑顔が絶えない場所になった。

ある日、家族での夕食時、健一がふとつぶやいた。「裕子が家事も料理もできるようになって、家が明るくなったね。」その言葉を聞いた裕子は、心の底からの満足感を感じた。努力が認められ、家族の笑顔を守るために頑張った自分を誇りに思った。

裕子は今や、料理教室の講師としても活動するようになり、自分と同じように苦しむ人たちをサポートする立場に立った。彼女は、ただの家事や料理ができない女から、家族のために全力を尽くす有能な妻であり母へと変貌した。

その日、裕子は子供に向かって言った。「努力は決して裏切らないよ。何かを始める勇気を持って、続けてみることが大切なんだ。」彼女は自分の成長を実感し、家族のために、そして自分自身のために、さらなる挑戦を続けていくことを心に決めた。