妻と愛人と家族

春秋花壇

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家族のかたち 〜父の想い〜

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「家族のかたち ~父の想い~」

教会の扉が静かに開かれると、桜子は一瞬立ちすくんだ。長いバージンロードの先、祭壇には白いタキシードに身を包んだ亮太が立っていた。柔らかな光が教会内に差し込み、厳かな空気が漂う。桜子は深呼吸をし、父の腕にそっと手を置いた。

彼女の父、雅彦は小さな声で「大丈夫か?」と訊ねた。桜子は「うん、大丈夫」と微笑んだが、心の奥底では複雑な感情が渦巻いていた。結婚式の日が来るまで、父の背中を追い続けていた自分が、これからは新しい家族を築いていくのだと実感し、少し心細くなっていたのだ。

雅彦もまた、胸の奥に込み上げる思いを隠しながら、娘の手をしっかりと握り返した。幼い頃、桜子を肩に乗せて公園を散歩した日々や、初めて自転車に乗る練習をしたあの日、そして、学校の運動会で彼女が一生懸命走る姿を応援した記憶が、次々に蘇ってきた。

桜子が大人になり、仕事を始めた頃、父親としての自分の役割も少しずつ変わっていった。彼女が進む道をただ見守り、助けが必要な時に手を差し伸べる、それが自分の仕事だと雅彦は思っていた。そして今、彼女は新しい一歩を踏み出そうとしている。自分の役割が終わるわけではないが、確かに大きな節目が訪れたのだと感じていた。

雅彦はゆっくりと桜子と歩き始めた。バージンロードは、これまでの娘との思い出を一歩一歩噛み締めるような、特別な時間だった。横に並んで歩く娘の姿は、もうかつての幼い少女ではなく、立派な大人の女性に成長している。その事実が誇らしくもあり、少し寂しくもあった。

彼女の手が少し震えているのに気づいた雅彦は、そっと彼女の耳元で囁いた。「桜子、お前はよく頑張ってきたな。これからは亮太さんと一緒に、素敵な家庭を築いてくれ。それだけで、父さんは本当に幸せだ。」

桜子はその言葉に目を潤ませながら、静かに頷いた。「ありがとう、父さん。お父さんがいてくれたから、私はここまで来られたんだと思う。これからも見守っていてね。」

そのやりとりを耳にして、雅彦は涙を堪えた。娘が大きな一歩を踏み出そうとしているこの瞬間、親としての自分にできることは、彼女の幸せを心から祈ることだけだと思った。

祭壇に近づくにつれ、雅彦は亮太の表情をじっと見つめた。彼の瞳には真剣な光が宿っており、桜子を大切に思っていることがその目から伝わってくる。雅彦は静かに彼の前に立ち、娘の手を彼の手にそっと重ねた。

「亮太さん、桜子をよろしくお願いします。」その言葉には、父親としての強い想いと、信頼が込められていた。亮太は深く頷き、「必ず幸せにします」としっかりとした声で答えた。

雅彦は娘を亮太に託した後、少し離れたところから二人の姿を見守っていた。桜子と亮太が並んで祭壇に向かう姿は、まるで新しい旅立ちを象徴するかのようだった。彼女がこれから歩む道は、亮太と共に新しい家族を築いていく道。そこには喜びや困難、数え切れないほどの出来事が待っているだろう。

雅彦は二人の背中を見つめながら、静かに胸の中で祈った。「桜子がこれからの人生でどんな困難に直面しても、彼と一緒なら乗り越えていけるはずだ。どうか、二人がいつまでも幸せでありますように。」

雅彦の目には涙が浮かんでいたが、娘の幸せを願う気持ちがその涙を温かいものに変えていた。彼はこれまで以上に、娘の幸せを強く願った。これからは、遠くからでもずっと見守っていく。それが父親としての最後の、そして永遠の役目だと心に決めたのだ。

桜子と亮太が誓いの言葉を交わし、指輪を交換する瞬間、雅彦の胸には温かい光が広がっていた。二人の幸せそうな笑顔を見て、彼は自分の娘が本当に大切な人と出会い、これからの人生を共に歩むことを心から祝福した。

挙式が終わり、二人が皆の前で「家族になります」と宣言したその瞬間、教会は温かい拍手に包まれた。雅彦もその中に混じり、涙ぐみながら拍手を送った。自分が娘にできる最後の送り出しは、この拍手の中に込められているのだと思った。

「桜子、亮太、幸せになれよ。」そう心の中で呟いた雅彦の胸には、感謝と誇り、そして何よりも娘への無限の愛が満ちていた。これから二人が紡いでいく物語が、どんな時でも希望と愛に満ちたものでありますようにと、祈り続けるのだった。






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