妻と愛人と家族

ゴミを分類する

ゴミを分類する

日曜日の朝、陽菜（ひな）はいつものようにゴミ袋を持って台所に立っていた。ゴミを捨てる日は火曜日と金曜日だが、その前に必ずやることがある――それは、ゴミの分類だった。

家族全員が生活する中で、自然と出てくるゴミは毎日山のようにたまる。空き缶、ペットボトル、ビニール袋、食品トレー、そして燃えるゴミ。それぞれを正しく分別することは、自治体のルールに従うために欠かせない。それでも、分類する作業は誰かがやらなければならない名もなき家事の一つだった。

陽菜は、夫の健（けん）や二人の子供たちには分別を頼まない。何度か手伝ってもらおうとしたこともあったが、健は「どこに捨てればいいかわからない」と言って途中で投げ出し、子供たちも学校の宿題を言い訳に逃げてしまう。結局、最後にゴミを分類しているのはいつも陽菜だった。

この日は、少し特別な気持ちでゴミ袋に向かった。来週には地域の清掃ボランティアに参加する予定があり、家の中だけでなく地域全体のゴミに目を向けることになる。ゴミの分類やリサイクルがどれだけ重要か、その実感がますます強まっていた。

陽菜は台所のシンク横に積まれたペットボトルを手に取り、キャップを外し、ラベルを剥がす。細かい作業だが、これが重要なのだとわかっている。ラベルとキャップは燃えるゴミ、ボトルはプラスチックのリサイクルに。それを一つ一つ分けていく作業は無意識のうちに手が覚えていたが、それでも時折「なぜ私だけが」と思わずにはいられない。

ふと、リビングから健の声が聞こえた。「陽菜、手伝おうか？」彼の声には、どこか申し訳なさそうな響きがあった。

「ううん、大丈夫」と陽菜は返事をしながら、また別のゴミ袋を手に取る。「どうせ手伝っても途中でやめるんだから」と、心の中でつぶやく。

それでも、健の一言が少しだけ心を軽くした。分かってくれているのだ、と。ゴミの分類なんて誰でもできる簡単なことのように見えるが、実際にやるとなると、その煩雑さや手間を感じるのは手を動かしている人だけだ。

ゴミを分類している間、陽菜はふと過去のことを思い出していた。昔はこんなにゴミを分ける必要もなく、ただ一つの袋にすべてを詰め込んで終わりだった。しかし、リサイクルの重要性や地球環境への意識が高まるにつれ、自治体のルールも厳格になっていった。陽菜はその変化を受け入れ、家族のため、地球のためにやっている。そう思うことで、ほんの少しの達成感を得ることができた。

ふと、後ろから小さな手が伸びてきた。「ママ、これどこに捨てればいい？」小学2年生の息子、悠太（ゆうた）が、手に握りしめたビニール袋を陽菜に差し出していた。

「これはね、プラスチックのリサイクルだよ。でも、ちゃんと水で洗ってからね」と陽菜は優しく教える。

悠太は、うなずきながらゴミ袋を手に持ち、台所のシンクに向かった。水で袋を軽く洗い、母親のそばに戻ってくる。陽菜はその姿を見て、ほんの少しだけ微笑んだ。息子が少しずつゴミの分別に興味を持ってくれるのは嬉しかった。

「ねぇ、ママ。このペットボトルのキャップって何に使われるの？」悠太が不思議そうに聞いてくる。

「それはね、キャップを集めてリサイクルすると、世界中の子供たちにワクチンが届けられるんだよ」と陽菜は説明した。

「そうなんだ！」悠太は驚いた様子で大きな目を見開き、「僕ももっと手伝うよ！」と意気込んだ。

その言葉に、陽菜は胸が温かくなった。名もなき家事は確かに目立たないし、感謝されることも少ないが、こうして家族と共有できる瞬間がある。それが陽菜にとっての小さな喜びだった。

日が暮れる頃、健が再び台所にやってきた。「ありがとう、いつもゴミの分別してくれて」と、健がさりげなく言った。その言葉に陽菜は少し驚いたが、すぐに微笑んで「こちらこそ」と返した。

その夜、家族全員で夕食を囲みながら、陽菜はふと思った。ゴミを分類するという名もなき家事は、ただの作業ではない。日々の生活を支えるだけでなく、家族の絆や次世代への意識を育む大切な行為なのだと。

明日もまたゴミを分類しなければならないが、今日は少しだけ心が軽かった。家族と一緒にこの名もなき家事を分かち合える日が増えていくことを願いながら、陽菜は静かにその夜を迎えた。