妻と愛人と家族

春秋花壇

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調味料を補充・交換する

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調味料を補充・交換する

「調味料を補充・交換する」という名もなき家事は、日常の小さな、けれども確実に存在感のある家事だ。誰もが意識することなく、食卓に並ぶ料理を支えている。今日はその何気ない日常の一コマを描こう。

菜穂は、静かなキッチンでふと気づいた。塩が残り少なくなっている。容器の底にかろうじて見える白い粒を見つめ、軽くため息をつく。いつもはこれくらいの時に、夫の拓哉が「塩がなくなりそうだよ」と何気なく言ってくれることが多かった。けれど、最近は拓哉が忙しく、家のことに目を向ける余裕もないらしい。名もなき家事が少しずつ菜穂にのしかかっていた。

菜穂は、塩を補充しようと食料庫の扉を開ける。中には買い置きの調味料が整然と並んでいる――と思ったが、棚の隅には賞味期限の切れた小麦粉や醤油の古いボトルも見つけた。「ああ、これも処分しなきゃ」と、彼女は自分に言い聞かせながら、使いかけの調味料を取り出して並べていく。すべてを一度に使い切ることはないし、少しずつ減っていくその様子を気にするのは主婦である自分だけのように思えた。

「名もなき家事って、こういうものなんだろうな」と菜穂は思った。決して誰かに感謝されるわけでもなく、当然のようにこなしていく日常の一部。だが、これがなければ家庭がうまく回らないのだと自覚している。

その瞬間、玄関の方から音が聞こえた。拓哉が帰宅したのだ。仕事で疲れ切った様子の彼が、靴を脱いでリビングへ入ってくる。

「おかえりなさい」菜穂が微笑みながら言うと、拓哉は「ただいま」と力なく返事をする。その声には疲労感がにじんでいた。菜穂はキッチンの作業を中断し、夫に「お風呂を先に沸かしておくね」と優しく声をかけた。

だが、拓哉の目が棚に並んだ調味料に向かう。彼は気づいたのだろう、賞味期限が過ぎたボトルを手に取ると、「あ、これもう使わないやつだな」と、無言で片付け始めた。

菜穂は驚いた。いつもは何も言わずに自分だけでやることが当たり前だと思っていた家事を、夫がさりげなく手伝ってくれている。その姿を見て、彼がどれほど疲れていようと、少しでも家庭のことを気にかけてくれているのだと感じた。

「ありがとうね、助かるわ」と菜穂が言うと、拓哉は照れくさそうに「いや、これくらい」とつぶやいた。彼の表情にはいつもの無口な優しさが見えた。

それから二人でキッチンの片付けを進めながら、少しずつ会話が増えていった。仕事のこと、最近の出来事、そして将来について――菜穂と拓哉は、普段の忙しさにかまけて忘れかけていた「家族としての時間」を少しずつ取り戻しているような気がした。

「こうやって一緒に過ごす時間、大切だよね」と菜穂が言うと、拓哉は頷いた。「本当に。忙しさに追われていると、こういう当たり前のことが見えなくなるな。調味料を交換するだけでも、少し心が落ち着くんだな」

菜穂はその言葉に思わず笑ってしまった。「本当にね。名もなき家事って、大切なんだって気づくよね」

拓哉も笑みを浮かべた。「そうだな。家の中での小さなことが、実は大事なんだ」

その夜、二人はいつもより早く夕食を終え、ゆっくりと過ごす時間を楽しんだ。菜穂はふと、キッチンの棚に並んだ調味料たちを見つめる。日常の何気ない作業も、こうして誰かと一緒に分かち合うことで、ほんの少し意味を持つのかもしれない。名もなき家事は、ただの負担ではなく、家族の絆を繋ぐ大切な要素なのだと、菜穂は改めて感じた。

翌朝、キッチンに立つ菜穂は、棚にきちんと整理された調味料たちを見て満足感に包まれた。日々の小さな積み重ねが、彼女と拓哉の生活を少しずつ支えている。やるべきことはまだまだ山積みだが、それでも二人で過ごす時間の中に、穏やかな幸せを見つけることができる。

名もなき家事――それは、ただ単に物を整理するだけではない。家族との繋がりや愛情を少しずつ形作る、見えない糸のようなものなのだと、菜穂はしみじみと思った。








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