妻と愛人と家族

飲みっぱなしのグラスや缶を片付ける

「飲みっぱなしのグラスや缶を片付ける」

テーブルの上には、飲みかけのグラスや空き缶が無造作に置かれていた。夕食の片付けが終わる頃、私は無言でその散らかったテーブルを見つめ、再びため息をついた。夫も息子も、いつもそうだ。飲み終わった後のグラスや缶をそのまま放置し、片付けるのはいつも私の役目だった。

——どうして、片付けることくらいできないんだろう？

その疑問が頭をよぎるたびに、疲れが一層増していく。家族との生活は決して嫌いではない。むしろ、夫や息子がいることに感謝している。しかし、毎日毎日、細かな家事が押し寄せ、誰からも感謝されないまま、私はただ無言でそれをこなしているだけだった。

「またか……」

私は心の中でつぶやきながら、テーブルに散らばったグラスと缶を手に取った。夫はリビングのソファでテレビを見ている。ビールの缶が片手に握られたまま、まるでそれが手の一部であるかのようだ。テレビの音が大きく響いているが、私にはその音すら遠く感じられる。

息子の部屋からはゲームの音が漏れ聞こえてくる。中学生になったばかりの息子、タカシは最近、自分の世界に閉じこもりがちだ。学校でも友達とそれなりにうまくやっているようだが、家ではほとんど話さない。私が声をかけても、簡単な返事をするだけで、すぐにまたゲームの世界に戻ってしまう。

——この家で、私は何をしているのだろう。

そんな思いが胸をよぎるが、口に出すことはない。私はただ、静かにグラスと缶を片付け、食器棚にしまった。洗い物を終えた後、キッチンに立って自分の手を見つめる。皿を洗う水の冷たさが手にしみる。家族のために毎日料理を作り、掃除をし、洗濯をし、それが当たり前だと思われていることが、無性に寂しく感じられた。

「ありがとう」と言ってもらいたいわけではない。ただ、少しだけでも自分がこの家族の一員として認められているのだと感じたかった。しかし、そんな期待を抱くことすら最近では無意味に思える。

その夜、私は少し早めに寝室に入ることにした。夫がいるリビングを横目で見ながら、何も言わずに部屋に入った。ベッドに横たわると、今日もまた疲れが身体全体に広がっていくのを感じる。目を閉じると、家事をしている自分の姿が浮かび上がり、何も変わらない日々が延々と続くかのように感じられた。

翌朝、いつものように目を覚ますと、キッチンのテーブルにはやはり飲みっぱなしのグラスと缶が並んでいた。夫は仕事に出かけ、タカシは学校へ行っている。私はまた、無言でそれを片付ける。

そんな日々が続いていたある日、私はついに心の中で押し殺していた感情が抑えられなくなった。夕食の後、またしても飲みっぱなしのグラスと缶がテーブルに放置され、私はそれを見て深いため息をついた。

その時、夫が私の様子に気づいた。

「どうしたんだよ、ため息なんてついて」

彼はテレビの音を消し、私を見つめた。私は一瞬、言葉を選ぶことができず、ただテーブルの上のグラスを見つめた。

「何も。いつもと同じ、ただ片付けてるだけ」

そうつぶやきながら、私は手を伸ばしてグラスを持ち上げた。しかし、そこでふと手が止まった。何かが胸の奥で爆発しそうになり、そのまま口を閉ざしていられなかった。

「いつも片付けてるの、私なんだよ。あなたも、タカシも、飲みっぱなし、やりっぱなし。私が片付けるのが当然だと思ってるんでしょ？」

夫は少し驚いたような顔をしたが、すぐに苦笑しながら言った。

「いや、別にそんなつもりじゃないよ。君がやってくれるから助かってるんだ」

その言葉を聞いた瞬間、私は胸の中に溜まっていた感情が一気に溢れ出した。

「助かってる？ そういうことじゃないの！ いつも私ばっかりで、あなたたちは何も気にしない。ただ放置して、私が片付ける。それが当たり前になってるでしょ？ 私だって疲れるんだよ！」

声を張り上げた自分に驚きつつも、止めることはできなかった。夫は一瞬言葉を失い、ソファから立ち上がった。彼が何か言おうとしたその時、部屋の奥からタカシが出てきた。

「何、どうしたの？」

ゲームを中断して部屋から出てきたタカシの顔には、戸惑いの表情が浮かんでいた。私は彼の顔を見て、少し言葉を詰まらせたが、次第に落ち着きを取り戻し、静かに話し始めた。

「お母さん、ね……。毎日家事をやってるけど、もう少し手伝ってくれたら嬉しいなって思ってるの。みんなで暮らしてるんだから、少しだけでいいから気を使ってくれると助かるの」

タカシはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。

「わかった……。俺、これからちゃんと片付けるよ」

その言葉に、私は少しだけ胸が軽くなった気がした。夫も気まずそうに頭をかきながら、グラスを手に取った。

「俺も、少し手伝うよ。これからは気をつける」

その夜、私は久しぶりに一人でゆっくりとお風呂に入った。湯船に浸かりながら、家族とのやり取りを振り返っていた。毎日の家事が無理なく回ることが理想だが、すぐにすべてが変わるわけではないだろう。でも、今夜のように家族が少しでも協力してくれると、心が軽くなるのを感じた。

「家族って、こういうものなんだろうか」

一人で抱え込まなくても、話し合えば分かり合えることがある。そう信じて、これからも少しずつ家族と一緒に歩んでいこう——そう思えた夜だった。