妻と愛人と家族

たまったゴミを捨てる

「たまったゴミを捨てる」

「今日こそゴミ、捨てないとね」

夕食の片付けを終えた後、リビングでくつろいでいると、妻の由美がぽつりとつぶやいた。夫の康介はテレビを見ながら、返事もせずにただ「うん」と生返事をする。いつも通りの夜だったが、最近この家には少しずつ、いや、確実に「ゴミ」が溜まっていた。

リビングの隅に積み上げられた段ボールや、捨てるつもりの衣類、紙ゴミが目に入るたびに、由美は心の中で「捨てなきゃ」と思うのだが、日々の忙しさにかまけてそのまま放置されていた。康介も仕事から帰るとぐったりで、週末には寝て過ごすことが多い。ゴミが少しずつ溜まるたびに、それを指摘する由美も疲れ切ってしまった。

「どうせまた来週だな…」と心のどこかで思いながらも、彼女は改めてため息をついた。

次の日、子どもたちが学校から帰ってくると、いつも通りリビングはにぎやかになる。小学生の長男、颯太（そうた）はランドセルをぽんっと投げ出し、弟の直人（なおと）とリビングの真ん中でボール遊びを始める。夕食の準備をしながら、由美はその光景にちらっと目をやる。

「こら、片付けなさいっていつも言ってるでしょ！遊ぶ前に、ちゃんとランドセルを片付けて！」

颯太は一瞬動きを止め、しぶしぶランドセルを手に取るが、すぐにまた直人との遊びに戻ってしまう。そんな息子たちを見ながら、由美は自分の子どものころを思い出す。自分も親からしょっちゅう「片付けなさい」と言われていたことが、今さらながら頭に浮かんできた。

「結局、自分も同じことしてるな…」

家の中には、片付けきれないものがたまっていく。物だけじゃなく、言いたいことや感じている不満も、少しずつ蓄積されていた。

夜になり、家族が揃って夕食を囲んでいる時、ふと康介が言った。

「週末、ゴミ捨てに行かないか？」

由美は一瞬驚いて、彼の顔を見つめる。彼が自分から片付けの話をすることは珍しい。いつも忙しい康介だが、家の状態を気にしていたらしい。

「いいね。そうだね、そろそろやらないと…」

由美はほっとした表情で頷いた。康介のその一言で、ようやく行動に移せると思ったからだ。家の中に溜まったゴミだけじゃなく、ここしばらく溜まっていたお互いへの不満や、言えなかった言葉も一緒に片付けられそうな気がした。

週末、家族総出で「大掃除」が始まった。段ボール箱を一つずつ開け、いらないものを次々と仕分ける。古い洋服、子どもたちが大きくなって使わなくなったおもちゃ、読み終えた雑誌、そしてずっと放置していた壊れた家電製品。リビングにあふれていたものが、少しずつ減っていくのを見て、由美は心の中が軽くなるのを感じた。

「こんなに溜まってたんだね」

康介も片付けをしながら、驚いたように言った。普段、仕事で家にいる時間が少ない彼には、改めて見てみると「物が多い」という現実がしみじみと実感されたのだろう。

「なんか、もっと早く片付けてればよかったね」

「うん。でも、今やればいいさ」

二人のやり取りに、颯太と直人も巻き込まれて、嫌がりながらも手伝っていた。子どもたちも自分の部屋の片付けを命じられ、いらなくなったおもちゃを袋に入れ始める。

「これ、もう遊ばないの？」

「だって、壊れてるし…」

直人がそう言って、少し寂しそうにおもちゃを見つめていた。由美はその姿を見て、少しだけ心がチクっとした。子どもたちの成長を感じると同時に、何か大事なものを手放すような気持ちになる。

「また、新しいのを買おうね」

由美は優しく声をかけ、直人の頭を撫でた。

そうして、家族全員で一日中片付けを続け、ついにリビングがすっきりとした。大きなゴミ袋がいくつも用意され、車に積み込む準備が整う。康介が車のトランクにそれらを押し込む姿を見て、由美はようやくすべてが片付いたという実感を持った。

「ありがとう、手伝ってくれて」

由美は康介にそう言った。康介は照れくさそうに笑いながら、ひとこと「どういたしまして」と返した。

ゴミを捨てるという行動が、家族にとって小さな変化をもたらした。物理的なものだけではなく、お互いの心の中に溜まっていたものも、少しずつ整理されていったのだ。

その夜、リビングは久しぶりに広々として、家族全員が心地よく過ごせた。康介はソファに腰を下ろし、テレビを見ながらくつろぎ、由美はキッチンでお茶をいれ、颯太と直人は新しく片付いたスペースで、楽しそうにゲームをしていた。

「こんな日常が続けばいいな」

由美は静かにそう願いながら、リビングのテーブルにお茶を置いた。そして、家族で過ごす穏やかな時間の大切さを、改めて感じた。