妻と愛人と家族

一歳のさっちゃん

「一歳のさっちゃん」

朝の光がカーテンの隙間から差し込んできた。リビングには小さな足音が響く。まだ一歳になったばかりのさっちゃんが、よちよちと歩きながら部屋を行き来していた。彼女の目はキラキラと輝き、すべてが新鮮で、興味深いものに満ちている。

「おはよう、さっちゃん」

母親の美咲はキッチンで朝食を準備しながら、娘に優しく声をかけた。さっちゃんはその声に反応して、振り向くと、にっこりと笑顔を見せた。まだ言葉はほとんど出ないが、彼女なりの愛情表現は十分に伝わってくる。

家族は三人。父の拓也は早朝から仕事に出かけてしまうため、平日の朝は母と娘の二人きりがほとんどだ。美咲にとって、さっちゃんと過ごす毎日は目まぐるしくもあり、何よりかけがえのない時間だった。

「今日も元気いっぱいね」

美咲は少し疲れた表情で微笑みながら、さっちゃんの動きに目をやる。昨日は夜泣きでほとんど眠れなかったが、それでも娘が元気に過ごしている姿を見ると、不思議と力が湧いてくる。

さっちゃんは、リビングの棚に置かれたおもちゃを手に取り、ぐるぐると回し始めた。ピンク色のラトルが鳴るたびに、彼女は嬉しそうに笑い声をあげる。小さな声で「アー、アー」と何かを伝えようとしているようだが、意味は分からない。しかし、その仕草だけで美咲の心は満たされる。

「もう少ししたら、言葉も増えてくるのかな」

美咲は思わずつぶやいた。さっちゃんの成長は、日々感じられるものだった。昨日はつかまり立ちしかできなかったのに、今朝は歩いている。そして、何かを伝えようとする意志が少しずつ見えてきた。小さな成長の一つ一つが、母親としての美咲にとって大きな喜びだった。

午後になると、美咲はさっちゃんをベビーカーに乗せて近所の公園へと出かけた。秋の風が心地よく、木々の葉が少しずつ色づいてきている。さっちゃんはベビーカーの中から興味津々で周りを見渡している。風で揺れる木の葉や、飛び交う小さな虫たちが彼女の目を引きつけて離さない。

公園には同じくらいの年齢の子どもたちと、その母親たちが集まっていた。美咲もベビーカーを止め、ほかの母親たちと話をすることにした。

「さっちゃん、最近どう？」

「少しずつ歩けるようになってきてるんです。でも、まだ転んでばかりで…」

「それでも成長してるね。あっという間に大きくなるんだから、今のうちにたくさん写真撮っておかないと！」

そんな会話をしながら、ふと美咲は自分が母親になったことを実感する。ついこの間まで、自分自身が親に頼っていたような気がするのに、今は自分が親になり、小さな命を守っている。

「ほんとに、あっという間だな…」

美咲は心の中でつぶやきながら、さっちゃんの成長を思い返した。生まれたときの小さな体、初めての笑顔、初めての寝返り。そして、今こうして公園を歩いている姿。親としての責任と喜びが、美咲の心に深く刻まれていた。

帰宅後、さっちゃんは疲れたのか、昼寝を始めた。美咲は静かな時間を利用して、家事を片付ける。洗濯物を干し、夕飯の準備をしながらも、ふとさっちゃんの寝顔を見ると、心が癒される。

「こんな日々がずっと続けばいいな…」

そう思う一方で、美咲は未来に対する不安も感じていた。子育てには終わりがない。これからさっちゃんが大きくなるにつれ、もっとたくさんのことを教え、支えていかなければならない。その責任が重くのしかかる瞬間もあれば、愛おしさで胸がいっぱいになる瞬間もあるだろう。

夕方、拓也が仕事から帰宅した。さっちゃんは目を覚まし、父親の顔を見ると、嬉しそうに手を伸ばした。

「おかえり、パパ」

「ただいま、さっちゃん！今日も元気だったか？」

拓也はさっちゃんを抱き上げ、くるくると回転させた。さっちゃんは大きな声で笑い、幸せそうな顔をしている。そんな光景を見ながら、美咲も思わず笑顔になった。

夕食後、家族三人がリビングでくつろいでいると、さっちゃんがまたよちよちと歩き始めた。今度は自分から拓也のもとへ向かっていく。彼女の小さな足音が部屋に響き、二人の親はその一歩一歩に目を奪われた。

「大きくなったな、さっちゃん」

「ほんとね。この瞬間を大切にしなくちゃ」

美咲はさっちゃんが生まれてからの一日一日を思い返しながら、改めてその存在の大きさを感じた。家族として共に過ごす時間が、何よりの宝物だと気付かされた。

こうして、さっちゃんの小さな歩みと共に、家族の絆は日々深まっていく。どんな困難が待ち受けていても、この三人なら乗り越えていけるという確信が、家の中には満ちていた。