妻と愛人と家族

老婆の青い空

老婆の青い空

「親がちゃ失敗」

その言葉が、まるで冬の寒風のように、老婆の心を吹き抜けた。70年の時を刻んだその身に、今まで感じたことのない冷たさが広がる。息子の言葉は、まるで鏡のように、彼女自身の生き方を映し出しているようだった。

優子さんは、いつも子供たちのことを第一に考えて生きてきた。愛情を注ぎ、手をかけ、時には厳しく叱りもした。でも、どこかで、どこかで、何かが間違っていたのだろうか。

優子さんは、窓の外の青い空を見上げる。見慣れた景色なのに、今日はどこか違って見える。雲一つない澄み切った空は、彼女の心の奥底に広がる深い闇を映し出しているかのようだった。

「どうして…？」

優子さんは、何度も何度もその言葉を心の中で繰り返す。一体どこで、息子との間にこんな深い溝ができてしまったのか。

若い頃、優子さんは教師だった。子供たちとの触れ合いを喜び、将来を真剣に考えていた。結婚して子供を授かり、その喜びはさらに深まった。息子には、自分が経験した以上の幸せな人生を送ってほしいと願った。

必死に働き、子供たちのために時間と愛情を注いだ。塾に通わせ、習い事をさせ、将来の選択肢を広げるためにあらゆることをしてあげたつもりだった。

しかし、息子はどこか楽しそうではなかった。勉強のことでいつも叱られ、自分の好きなことをする時間などなかった。優子さんは、それが息子のためだと信じていた。

「親心」という言葉で、自分の行動を正当化してきた。でも、それは本当に息子のためだったのだろうか？

優子さんは、過去の自分を振り返る。息子の好きな絵を描く時間を作ってあげたことはあっただろうか？一緒に公園に行って遊んだことはあっただろうか？

答えは、簡単に見つかった。

優子さんは、いつも「こうあるべき」という自分の価値観を息子に押し付けていた。息子の個性や才能を尊重するよりも、自分の理想とする息子像に近づけようとしていたのだ。

「親心」という言葉の裏には、自分のエゴが隠されていたのかもしれない。

優子さんは、自分の過ちに気づき、深い後悔の念に駆られた。しかし、後悔だけでは何も変わらない。

「どうすれば、息子ともう一度話し合えるだろうか？」

優子さんは、心を落ち着かせて考えた。まずは、自分の気持ちを正直に伝えること。そして、息子の気持ちを聞くこと。それが、二人の関係を修復する第一歩だと感じた。

翌日、優子さんは息子に電話をかけた。電話の向こうで、息子は少し戸惑った様子だったが、優子さんは気持ちを込めて話した。

「昨日は、君にとても失礼なことを言ってごめんね。お母さんは、君を愛しているよ。でも、君の気持ちをもっと聞きたかったんだ」

電話越しに、息子の声が聞こえてきた。

「…分かったよ。でも、もう遅いんじゃない？」

息子の言葉に、優子さんの心は痛んだ。でも、優子さんは諦めなかった。

「いや、まだ遅くないと思う。わたしにも、君にも、もう一度やり直すチャンスがあるはずだ」

優子さんの言葉に、息子は少しだけ心が揺らいだようだった。

「今度、一緒にご飯でも食べに行こうか？」

優子さんの提案に、息子は静かに頷いた。

電話を切った後、優子さんは窓の外を見上げた。青い空は、昨日とは少し違って見えた。それは、希望の光が差し込んできたように感じた。

優子さんは、これから息子との関係を修復するために、できる限りのことをして行きたいと思った。それは、簡単な道のりではないかもしれない。でも、優子さんは、もう一度、息子と心を通わせたいと願っていた。

夕焼けが空を染め始めた。優子さんは、静かに息を吸い込み、新しい章を始める決意を固めた。