妻と愛人と家族

春秋花壇

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自分語りの妻

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「自分語りの妻」

僕の妻、彩香は、自己顕示欲の強い女性だ。彼女は何かにつけて、自分の話をするのが好きで、どんな些細なことでも自慢げに語る癖がある。彼女がいかに優秀か、どんなに褒められたか、どれだけ多くの人から注目されているか——すべてを言葉にして語り続ける。

最初はそれほど気にならなかった。彼女の自信に満ちた態度に惹かれたし、その明るさが一緒にいる時間を楽しいものにしてくれていたからだ。しかし、結婚して一緒に暮らすうちに、彼女の自己顕示欲は家庭の空気を少しずつ変えていった。

「ねえ、聞いてよ、今日の仕事でまた上司に褒められたの!」

彩香がリビングに戻ってきて、僕に向かって大きな声で話し始める。彼女が仕事で何か成功を収めたとき、必ず自慢げにそれを話すのが日常になっていた。

「そうなんだ。よかったね」

僕は相槌を打ちながら、彼女の話を聞くことにする。だが、話は止まらない。どれだけの努力をしたのか、どんなに重要な仕事だったのか、周囲が彼女をどれだけ評価しているのか、延々と続く。時には1時間以上、自分の話をし続けることもあった。

「それでね、みんなが私のことをすごく頼りにしてるんだって。私がいないとこのプロジェクトは回らないって言われたんだよ」

彼女の言葉の端々に、僕が感じる違和感が積み重なっていく。確かに、彩香は仕事ができる女性だし、それを誇ることも当然だ。でも、毎日毎日、自分の話ばかりしているうちに、僕たちの会話が一方通行になっていることに気づき始めた。

「そうか、それはすごいね」

その日は疲れていたので、僕はできるだけ短く返事をする。だが、それも気に入らないようだ。

「ねえ、ちゃんと聞いてる?私はこんなに頑張ってるのに、あなたは何も言ってくれないの?」

彩香の声が少し苛立ちを帯び始める。僕は深く息を吸い、もう少し彼女の話に付き合うことにする。

結婚して数年が経った今、家庭内の会話はほとんど彩香の一人舞台になってしまった。僕が話題を変えようとしても、すぐに彼女は自分の話に戻す。そして、その話はいつも同じパターンだ。仕事の話、友人とのやり取り、そして彼女自身の成功談。

食事の席でも、休日でも、彩香の自分語りは続く。それはまるで、彼女が自分を誇示しなければ、家庭の空気さえも埋め尽くすような何かが存在しているかのようだ。僕たちの生活は、彼女の話題を中心に回り、僕自身の言葉や意見は薄れていった。

「あなたももっと自分のことを話せばいいのに」

そう言われても、何を話してもすぐに彼女の話に戻される。僕の経験や意見は彼女にとって重要ではないように感じることが増え、やがて僕自身、話す意欲を失っていった。次第に、僕は家庭内での会話に積極的に関わろうとしなくなった。

それでも、彩香は家事や育児には手を抜かない。家庭内のことも一応こなしているが、彼女の関心は常に自分自身に向けられている。育児においても、子どもが何を学んだかよりも、自分がどれだけ良い母親であるかを強調することに熱心だった。

「今日はママが教えたから、うまくできたのよね。ママってすごいでしょ?」

子どもにそう言う彼女の姿に、僕は複雑な気持ちを抱く。もちろん彼女は良い母親ではあるけれど、子どもにも少しずつ、母親の自己中心的な姿勢が伝わっているのではないかと心配になる。

ある日、僕は思い切って彩香に話を切り出した。

「最近、僕たちの会話があまりないと思うんだ。いつも君の話ばかり聞いてる気がして、僕ももう少し話ができたらいいなって思うんだけど」

一瞬、彼女は驚いた顔をしたが、すぐに笑って言った。

「何言ってるの?私はいつもあなたのために頑張ってるんだよ。もっと私のことを理解してくれないと、家庭は成り立たないんだから」

その言葉に、僕はさらに違和感を抱いた。彼女にとって、家庭とは彼女自身が中心であり、他のすべてがその周りを回っているようなものだ。しかし、僕にとっては、家庭はもっと対等なものであるべきだった。

やがて、僕は家にいる時間が減っていった。仕事を理由に帰宅を遅らせ、休日も外に出ることが増えた。彩香はそれを気にも留めていないようだった。むしろ、彼女にとっては、僕がいない時間こそ、自由に自分を語るための時間なのかもしれない。

そして、ある夜。僕はふと気づいた。僕たちの家庭は、すでに彩香のためだけに存在している空間になっていた。僕の存在は、彼女にとって単なる聞き手でしかなく、僕自身の言葉や感情はこの家の中では意味を持たない。

僕は深い孤独を感じていた。そして、このままでは僕たちの家庭は崩壊してしまうのではないか、という不安が胸をよぎる。しかし、それを彩香に伝えるには、あまりにも大きな溝ができてしまっていた。

家庭とは、二人で築くものであるはずなのに——。




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