妻と愛人と家族

父親の味

父親の味

亮は久しぶりに実家に帰ることにした。週末の午後、麻美が子供たちを連れて遊びに出かけたタイミングで、亮は実家に向かった。母親からの「たまには顔を見せにおいで」という誘いの言葉が心に響いていたのだ。

実家の玄関を開けると、懐かしい木の匂いが鼻をくすぐった。父親はリビングのソファに座り、テレビを見ていた。亮の顔を見ると、父は嬉しそうに立ち上がった。

「亮、よく来たな！最近忙しかったのか？」

「まあね、家のこととかいろいろあってさ。」亮は少し照れくさそうに笑った。久しぶりの帰省だったが、実家の温かさはいつも変わらない。父親の手料理の香りが部屋に漂っている。

「今日はお前の好きな煮込みハンバーグを作ったぞ。ビールも冷えてるからな、早く座れ。」

亮は一瞬、ビールの言葉に驚いた。父親が自分のためにビールを用意してくれているとは思わなかったからだ。リビングのテーブルには、父親がいつも飲んでいたお気に入りのビールが何本も並べられている。亮は少し躊躇したが、父親の笑顔を見ると、久しぶりにその味を楽しんでみたくなった。

「いただきます。」亮はビールの缶を手に取り、プルタブを引いた。シュッと音を立てて缶が開き、泡が少しあふれた。ビールを一口飲むと、その豊かな香りと深いコクが口の中に広がり、久しぶりの感覚に胸が温かくなった。

「やっぱりビールはうまいな。」亮は父親に笑顔を向けた。

「お前はきっと我慢してるんだろうなと思ってさ、箱で買っておいたんだよ。」父親は照れくさそうに笑いながら言った。「帰りに持って帰りなさい。家族にも自分にもたまには贅沢していいんだぞ。」

亮はその言葉に心がじんわりと温かくなった。父親は、亮の頑張りや苦労を見抜いていたのだ。家族のために、節約や我慢をしている亮の姿を、父親はちゃんと理解してくれていた。

「ありがとう、親父。」亮はその言葉しか出てこなかった。ビールの味が、家族の愛情と共に胸に染み入るようだった。

夕食を食べながら、亮と父親は久しぶりにゆっくりと話をした。仕事のこと、家族のこと、そして父親自身の昔の話も。亮が子供の頃、父親が一生懸命働いて家族を支えていた姿が思い出された。亮もその背中を見て育ったのだ。

「お前も大変だろうけど、無理はするなよ。たまには自分のために時間を使うことも大事だぞ。」父親の言葉には、経験からくる重みがあった。

「わかってる。ありがとう、親父。今日は来てよかったよ。」亮はビールをもう一口飲んで、心の中で感謝の気持ちが広がった。

実家を後にする時、亮はビールの箱を大切に車に積んだ。家に帰ったら麻美と一緒にビールを楽しもうと心に決めた。家族のために頑張ることも大切だが、自分たちを労わる時間も必要だと改めて感じたからだ。

帰り道、亮は空を見上げた。夕暮れの空が少しずつ暗くなり、星がちらほらと輝き始めていた。亮はふと、これまでの自分の頑張りが少しだけ報われたような気がした。ビールの箱を持って帰ることで、何か大切なものを取り戻せたような気持ちだった。

家に着くと、麻美がリビングで子供たちと遊んでいた。亮はその光景を見て、穏やかな気持ちになった。

「おかえりなさい。実家はどうだった？」麻美が亮に笑顔を向けた。

「いい時間だったよ。親父がビール買ってくれてさ、帰りに持ってきたんだ。一緒に飲もう。」

麻美は驚きつつも嬉しそうに微笑んだ。「本当？じゃあ、今日はちょっと贅沢しちゃおうか。」

亮はビールの缶を取り出し、二人で乾杯した。発泡酒とビールの違いは、その時亮にとってはもう大したことではなかった。大切なのは、こうして家族と過ごす時間、そしてその時間を大事にすることだった。亮はビールの味を堪能しながら、父親の言葉と愛情を心に刻んだ。

「おいしいね。」麻美が言ったその一言が、亮の胸に響いた。これからも、亮は家族と共に、時には贅沢を楽しみながら歩んでいこうと心に誓ったのだった。