妻と愛人と家族

春秋花壇

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終わらないローン

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「終わらないローン」

家のローンを完済できる人たちはすごい。俺には到底できそうにないことだ。田中秀夫、45歳。平凡なサラリーマンで、妻と二人の子供を養っている。都内の小さなマンションを10年前に購入したが、当時から続けているローン返済が、今も俺の肩に重くのしかかっている。

毎月のローンの支払い額は、ボーナス払いも含めて15万円。家計を見直しても見直しても、出費は減らない。子供たちは成長するにつれてどんどんお金がかかるし、妻のささやかな楽しみである週末のショッピングを削ることもできない。それでも何とか生活を維持してきたが、最近では新型感染症禍の影響でボーナスも減り、経済的な不安は増すばかりだ。

「家のローンを完済したよ」という同僚の声を聞くたびに、俺の心は揺れる。その同僚は、妻が働いていることもあり、子供もいないからこそ早めにローンを返済できたのだろう。羨ましい、そう思う反面、俺の家庭の事情とは違うのだからと自分に言い聞かせる。しかし、内心では焦りと不安が消えない。ローンの終わりが見えない俺たちには、家のローンを完済するなんて、夢のまた夢のように感じる。

ある晩、仕事で疲れ果てて帰宅した俺は、リビングで妻の美奈子と向かい合って座った。美奈子はお茶を淹れてくれたが、その顔には疲れがにじみ出ていた。

「秀夫、最近ちょっと元気ないわね。何かあったの?」と、美奈子が心配そうに尋ねた。

俺はため息をつきながら答えた。「いや、ちょっと仕事がきつくてな。でも、それだけじゃなくて…家のローンのことを考えるとどうにも気が滅入ってさ。」

「ローンのこと、そんなに気にしてるの?」

「もちろんだよ。完済できる目処が立たないし、毎月の支払いが重荷になってる。家を買ったことは後悔してないけど、こんなに長く払い続けることになるなんて思わなかった。」

美奈子は静かに頷き、しばらく考えていた。そして、口を開いた。

「秀夫、私もパートを増やそうか?子供たちも大きくなったし、少しは家計に貢献できるかもしれない。」

美奈子の提案に、俺は驚いた。彼女もまた、家庭の経済状況を心配してくれているのだ。だが、それでも妻に負担をかけたくない気持ちもあった。

「ありがとう、美奈子。でも、無理しないでくれ。君にまで無理をさせたくないんだ。」

美奈子は微笑んだ。「私たち、家族でしょ?一緒に乗り越えましょう。完済するまで頑張ればいいのよ。ローンのことを悩みすぎて、今の生活を楽しめないのはもったいないわ。」

その言葉に俺は少し救われた気がした。家のローンが終わるまでは確かに長い道のりだが、家族と一緒なら乗り越えられるかもしれない。美奈子の優しさと前向きな姿勢に触れて、俺は改めて彼女に感謝の気持ちを抱いた。

それから数週間後、会社の同僚たちと飲みに行った時のことだ。ローンの話になり、完済した人たちが自慢げに語り出した。俺はその話題に入る気もせず、黙ってビールを飲んでいたが、一人の同僚がふと俺に声をかけた。

「田中、お前も家買ってたよな。ローンどうよ?」

俺は一瞬躊躇ったが、正直に答えた。「うん、まだまだ先は長いよ。完済なんて全然見えてこない。」

すると、彼は肩をすくめて笑った。「まあ、家なんてのは住めればいいんだよ。完済なんて目指さなくても、ちゃんと家族が一緒にいられればそれでいいんだ。」

その言葉に、俺はハッとした。完済が全てではない。俺たちは家を持つためにローンを組んだが、それ以上に大切なのは、家族と共に過ごす時間だ。ローンの支払いがあるからこそ、この家で家族が集まり、一緒に食事をし、笑い合うことができている。ローンの完済はただの通過点に過ぎない。

帰宅すると、家の中では子供たちがテレビを見ながら楽しそうにしていた。美奈子はキッチンで夕食の準備をしている。俺はその光景を見て、自然と笑みがこぼれた。

「ただいま。」

「おかえり、秀夫。今日もお疲れ様。」

美奈子のその言葉が、今日一日の疲れをすべて吹き飛ばしてくれる。ローンの完済が遠い未来のことでも、この家で過ごす毎日が俺にとっては何よりも大切だった。

夜が更けて、ベッドに入ると、美奈子が隣で静かに寝息を立てている。彼女の横顔を見ながら、俺は心の中で呟いた。「ローンの完済ができなくても、俺たちはこの家で幸せに暮らしている。それで十分だ。」

完済はいつか訪れるだろう。しかし、その日を焦って待つよりも、今の一日一日を大切に過ごすことこそが、俺たちにとっての本当の幸せなのだと気づいた。その気持ちを胸に、俺は目を閉じ、家族と共に新しい朝を迎えるために、深い眠りに落ちていった。









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