妻と愛人と家族

家族のかたち

「家族のかたち」

裕太は35歳。妻の真奈美と小学3年生の娘、美咲と一緒に暮らしている。裕太の両親も健在だが、彼らは都心から少し離れた実家で2人暮らしをしていた。裕太自身は仕事が忙しく、実家に顔を出すのは年に数回だけだった。

裕太が育った実家は、かつて祖父母と両親、そして自分と弟の6人家族で住んでいた賑やかな家だった。どこか懐かしい、ほっとする場所だったが、今はすっかり静かになっていた。裕太が実家を訪れるとき、両親は嬉しそうに迎えてくれるものの、家の中には以前のような活気はなかった。

最近、裕太は仕事でのストレスがたまり、家庭でも何かといら立つことが増えていた。娘が宿題をしなかったり、妻との些細な口論が絶えない日々。家族との時間が大切だとは思いつつも、仕事の忙しさにかまけてしまい、心の余裕がなかった。

ある日、裕太は仕事帰りに電車で「サザエさん」の再放送を見かけた。サザエさんは、裕太が子どもの頃から見ていたアニメで、3世代が同居する家庭が描かれている。波平やフネ、サザエやマスオ、そしてタラちゃん。賑やかで温かい家族の姿に、裕太はどこかほっとした。

「今の自分たちと全然違うな…」

裕太はふと呟いた。現代の家族は核家族化が進み、両親と同居することは少なくなっている。サザエさんや「ちびまる子ちゃん」のような3世代同居の家庭は、もはや少数派だ。裕太も、親と同居するなんて考えたこともなかったし、自分の子どもには自由に生きてほしいと思っていた。

それでも、ふと両親のことを思い出す。最後に実家を訪れたとき、母が何気なく言った。

「あなたたちと一緒に住むことはないんでしょうけど、時々顔を見せてくれるだけでも嬉しいのよ。」

その言葉が心に引っかかっていた。自分の生活に追われるうちに、両親の気持ちに気づかずにいたのかもしれないと。

ある週末、裕太は思い切って家族で実家を訪れることにした。久しぶりに見る両親の顔に、裕太はなんだか胸が温かくなった。父は相変わらず頑固そうに見えたが、孫の美咲に会えるとあって、表情がほころんでいた。母も美咲に料理を振る舞い、嬉しそうにしていた。

「お父さん、最近どう？体調は大丈夫？」

裕太が父に声をかけると、父は少し照れくさそうに笑った。

「まあ、なんとか元気にやってるよ。ただ、昔みたいにはいかないけどな。」

父の背中が少し丸くなったように見えたのが気になった。裕太は、今まで見過ごしてきた家族の変化に気づき始めた。

実家でのひとときを過ごす中で、裕太はあることを思いついた。両親と自分たちが一緒に住むことはできないが、せめて両親が寂しくならないようにできることはないだろうか。

裕太は、家族会議を開くことにした。

「お父さん、お母さん。これからは月に1回、僕たちが遊びに来ることにするよ。それから、できれば時々一緒に旅行に行けたらと思うんだけど、どうかな？」

両親は驚いたように目を見開き、それから嬉しそうに笑った。

「それはいいね。久しぶりにみんなで旅行に行くなんて、楽しみだわ。」

母の言葉に、裕太も思わず笑顔になった。家族の距離が少しだけ近づいたように感じた。

その日、裕太は実家を後にする前に、娘の美咲と話をした。

「おじいちゃんとおばあちゃん、どうだった？」

美咲はにこっと笑って答えた。

「すごく楽しかったよ！また来たいな！」

その言葉に裕太はほっとした。家族の絆は、形は変わっても続いていくのだと。

裕太は帰り道、ふと「サザエさん」のことを思い出した。あのアニメの家族のように、3世代が同居するのは今の時代には難しいかもしれない。でも、それぞれの家族にはそれぞれの形がある。裕太は、自分たちの家族の形を見つけるために、これからも努力していこうと思った。

老人たちが「老害」と呼ばれ、社会から取り残されることのないように。家族の中で、みんなが支え合い、助け合える関係を築いていけるように。裕太は心に誓った。どんな形であれ、大切なのは一緒に過ごす時間なのだと。